古狸連中-玖 稚狸の桐生を笑う雪華と白橡は縄持つ螢火に見入る
白橡/
鏡に目隠しもせず、雪華は眠りに落ちていた。
向こうの連中はすでに起き出しているというのに、いつまでも眠りを貪っている。
先に朝餉にしたが、そろそろ起こしてやってもいいだろう。
鏡と同様に、雪華のものも剥き出しだ。
次には冬が控えているというのに、掛けていた布団も着ていた衣も脱いでしまっている。
手間が省けてちょうどいいが、寒くねぇのか。
畳の上に落ちていた銀杏の実をへそに乗せて、そのままでいられるかみることにする。
しっかり雄のくせに、なよやかな腰には魅力があり、立ち上がった花にも惹かれる。
ここに居つく条件として、朝の世話を言いつけられた。
手と口でじわじわと花を世話していると、頭の方からかすれた声が漏れる。
とっくに目覚めているのかもしれないが、構わず続ける。
いよいよ弾けると口の中で感じ取った瞬間に頭を両手でつかまれた。
弾けたそれで汚して困らせてやろうと思っていた。
だのに、出口を失ったそれは咽喉の奥へ流す外ない。
心内で毒づきながら、腹を決めて飲み込んだ。
「ああんっ……こんなに出てしまった……お早う、白橡。まずまずの舌づかいだ。
最後まで綺麗にしておくれよ」
「ちくしょうが。気持ちよくなっておきながら誰かと比べてんじゃねぇ。
狸と猫の舌は違うんだよ」
雪華は身体を熱くさせて、寒さなどまるで感じていなかった。
半身を起こしたために転がった銀杏の実は、どこかへ紛れて消えた。
紅 葉 湯
モ ミ ジ ユ
「おや、これは一体どうなっているんだい」
「こっちが聞きたいぜ。一晩中見ていたんだろ」
「ああ、見ていたよ。桐生はやはり勝ち馬になってくれた。
早速、怪異を誘い出したのだから満点をあげよう。しかし、何とも可愛らしいことだ」
桜のにおいを酒で洗い流して雪華の感触をみる。
夜中の詳細はさておき、桐生の姿形が可笑しくて仕方がねぇ。
雪華も笑い転げている。
「何だい、これは。昔の桐生を思い出す」
「小さくなってよお。どこをどう見たって稚狸だ」
言葉どおり、桐生は小さくなっていた。
高さを自負していたその背は縮み、螢火と同じか、低いくらいだ。
豪華な衣は大きすぎて見映えせず、長すぎる帯がだらりと垂れる。
これじゃあ遊び狸も形無しだ。
目覚めた桐生は驚いて声を上げ、螢火も目を覚ました。
俺もその声で起こされた口だ。
声の主が鏡の中と知り、覗いてみると螢火が目を大きくさせて静かに驚いていた。
「桐生さん……? すごく、可愛い……」
最初に発した言葉がこれだ。
桐生の面はそれなりにいい方だ。
あどけなさからくる好感を差し引いても、見た目のよさは否定できない。
二枚目役者と間違えられることもあって、当人もまんざらでない様子をする。
往生際の悪さを知らなければ、身体も声も華やかな魅力がある。
とはいえ、俺の好みでないもんだから、螢火がこんな風に惚れるのが理解不能だ。
元の姿に戻れるとも知れねぇのに、桐生は己の事より螢火の勢いに押された。
おめでたくも二匹は絡まり始めたので、その間に夜中の詳細を聞き出すことにした。
雪華の話によると、桐生は白い靄にやり込められたらしい。
「白い靄? 話を聞いてりゃ銀匂の霧のようじゃねぇか」
「そうだねぇ。しかし銀匂の霧は布陣の一種だろう。靄はそれ自体に気配があった」
続けて、桐生の目には忍冬の姿が映っていたとぬかす。
「好いた者にでも化けるのであろう。旅人を誘惑し、精気を喰らう仙狸に似ている」
「大陸から渡ってきた訳でもあるまいし。ふん、靄か……影とは違ったのか?」
「影ではなかった。影は黒が常だろう。
まあ、少しくらい湯煙が混じって白く見えたかもしれないね」
正体を思案する。鏡越しだか他人の目だか、誘惑された奴以外には靄に見えるのか。
それならば、行ってみなけりゃわからねぇな。
桐生らの身体が離れた頃、昼餉の案内に式神が現れた。
首を傾げて一度姿を消した後、小さめの浴衣を持ってきた。
新しい浴衣が二枚なのは螢火の分もあるからだ。
替えが一枚であれば、桐生の分とわかってしまうことを避けてだ。
その気遣いが堪えるらしく桐生は情けない顔をしていた。
しばらく両手で顔を覆っていたが、大人しく着替えた。面倒な奴だ。
別室へ案内されると、盆を持った式神を引き連れた嵐雪が現れて揶揄う。
嵐雪と式神はおそろいの百草霜色の半纏だ。ごっこ遊びは続いている。
「桐生さんもそんな術が使えたのかよ。霊験あらたかな湯に浸かって妖力でも高まったのかい。
若返ったなら精力も旺盛なんだろ。羨ましいぜ」
「……若返るって次元じゃないだろ。餓鬼じゃないか、何だってこんなことに」
「いいじゃねぇか。その内、元に戻るだろ。戻らないならそれはそれで人生謳歌すりゃいい。
それくらいの年の頃なら、俺は閨の決まり手を覚えるのに夢中だったぜ」
嵐雪は悪ぶってみせるが、他人の矜持を踏みにじることはない。
桐生も気を取り直し、昼餉の食材に興味が湧いたらしい。
海鮮が盛られたざるに目を遣った。
ざるの上には鯖の開き、赤魚の切り身、海老、蟹、緋扇貝。茸に玉子もある。
地獄釜で蒸されて色よく旨そうな食材がざるのまま出された。
「豪勢な料理は出ねぇからな」
「は? 式神を使役してないのか? その言いぶりじゃあ嵐雪が支度したようだ」
「そうだ。式神らが地獄釜を怖がって料理したがらねぇんだ。
不味いものは出さねぇし、酒と干物なら珍味嘉肴取りそろえているぜ。
食材は変えてやるから文句は受け付けねぇ」
そうは言っても、温泉の蒸気を使った料理は間違いなく旨い。
高温の蒸気が温泉のいい成分を噴いて食材本来の美味しさを引き出す。
「地獄蒸しか。もの珍しくていいじゃないか」
贅沢ばかりの桐生にはちょうどいい。だが、調理が素朴なだけで食材は一級品だ。
もの珍しく思うのは螢火も同じで、興味深そうに目を輝かせている。
嵐雪は、舌鼓を打つ様子を見て晴れやかに笑い、そばで胡坐をかいた。
「さあ、ここらで湯宿のご紹介といこう」
嵐雪はそう前置きし、口を開いた。
昨晩は話もなしに花を絞るから、宿のことなど構わないものと思っていたぜ。
「湯宿・八化けは、元は皮膚病を患った狸娘のために造られた湯治宿なんだぜ。
『狐七化け、狸は八化け。おまけに、湯船七つの湯色は八つ』……ここの湯宿はそう言われる」
嵐雪の話は俺の知った内容と大方同じだった。
狸娘の親父が病持ちで身体の弱い娘を想ってここを造った。
旅の負担を少なくし、一所で多様な湯に入って病を癒すことができるようにしてある。
宿は屋根で繋がり、東西南北に廊下を伸ばして四つある部屋へ至る。
海桜、泥灰、龍巻、闇雲、血池、打釜、鰐骨。
これが湯の名だ。色札みてぇに部屋に札が掛けられている。
湯宿自体、娘っこの好きそうな玉手箱を思わせる煌びやかだ。
白桃なら目をきらきらさせるに違いなく、黄桃なら部屋部屋を冒険したがるだろう。
異なる七つの湯色は目に美しく、優れた効能を表し、独特な形態下で湧出する。
部屋は春夏秋冬の趣向を凝らしてある。まあ、樹木で分けている。
春湯の海桜、泥灰は桜。夏湯の龍巻、闇雲は蓮。秋湯の血池、打釜は楓。冬湯は鰐骨は松。
ただ、な。
湯船が一つ足りねぇのか、算盤もできねぇ奴が湯色を数え間違えたのか。
桐生は湯船七つ湯色八つの意味に気づくだろうか。
湯船七つだったら阿呆でもわかる。いや、桐生なら怪しいぜ。
「なあ、八つ目が見当たらないんだろ。それともすでに秘密を暴いたか?」
「簡単に答える訳にはいかない」
「特等の湯が秘されていると話に聞く。
見つけていたら、わざわざ桐生なんかを使ったりしねぇよな」
「さぁて、どうだろう」
「答えねぇならこれでどうだ」
言って、俺は隙だらけの雪華の後ろを取った。
股の間にぶら下がった花を花でこすり、いい塩梅になったところで先だけ入れる。
雪華はさらに奥を突いて欲しいとばかりに尻を押しつけてくる。
「もっと奥までして欲しいだろ。言えって……」
「答える前に全部入れてくれなければ嫌だよ……」
「別段俺は困らねぇ。このままでも極楽行きだ」
「ならば、仕方ない……白橡の言うとおり八つ目はまだ見つけていないのだ。
怪異が出てからというもの、秘された湯はますます閉じ籠ってしまったらしい」
「面白がって湯を気まぐれ屋に仕立てるからだ。後で他も口を割らせてやるからな」
ご所望に応え、俺のが見えなくなるまで押し込み、いいところを突いて悦ばせる。
そうしていると、今朝のことを思い出した。目一杯の仕返しをお見舞いする。
雪華の中に、俺の蜜を出した。
最後には掻き出してしまうんだからどうってことないだろ。
「煙草を呑む間に零したら、一切合切話してもらうぜ」
「そんな……無理だ……」
どっちを無理と言ってんだか。
まあ、雪華のゆるみっぱなしの後孔が無理なのは決まっていた。
声を抑えて堪えようとするが、どうしたって色めいてしまうらしい。
身悶えながら蜜を垂れ流す。
あまりの妖艶な姿に背筋が寒くなっちまう。だがまあ、花は再び熱くなる。
嵐雪は知らねぇようだが、八化けは隠し里の連中が鬼と手を組んで造ったとか。
狸娘は安らかになり、その後に払い下げられ旅館として使われていた。
それなら八つ目は真実特等の湯なんだろう。
どうせ、雪華は見物人の俺を連れて湯宿へ行く腹づもりだ。
勝ち馬はただの馬でしかない。
勝ち馬に乗って、雪華も桐生も抜き去ってやろう。
「夏湯の源泉に近づくのは禁止だからな。部屋に入ってもいいが眺めるに留めろよ。
自ら焼き狸になりてぇなら止めねぇが。龍巻の湯は百度を超える噴気だ。
闇雲も、かつては湯浴みできたらしいが、経を投げ入れても静まらねぇってな」
嵐雪がそう言ったのは、南に位置する部屋だった。
部屋の入口に『龍巻』と書かれた札が掛かっている。
のれんに書かれた筆跡と同じものだ。
昼餉にした部屋が宿の真ん中にあり、四方向に廊下が伸びている。
当然、そこにも春湯、夏湯、秋湯、冬湯と札が掛かっていた。
壁面には桜、蓮、楓、松の意匠が施されている。
海桜は東の方角だ。そこへ戻る前に桐生らは夏湯を見て行くことにした。
「龍巻の札か。闇雲とかいう湯はどこにあるんだ? 確か夏湯だったよな」
桐生が呟いて、隣で螢火が頷く。
「札が一つしかない……春湯も、海桜しか見当たらなかった」
突き当たりまで行くと、蓮の浴衣を着た式神が待ち伏せていた。
「どうぞ、お茶をお召し上がりください。脱水症を防ぎます。お着替えはこちらで致します」
「湯浴みはできないと聞いたぜ」
式神はこくこく頷いた。丁寧な言葉を使うわりに拙い動作が愛らしい。
「湯には入れませんが、蒸し風呂をお愉しみいただけます」
言って手拭一枚を差し出すので受け取り、式神にされるままに脱がされている。
至れり尽くせりのここでの扱いに、桐生はどうともないが螢火はいちいちたじろいた。
そうして手拭姿になり、檜でできた蒸し湯へ足を踏み入れた。
壁は石垣になっており、屋根と床を檜で組み、天然の蒸気が目に見える。
正面は硝子張りで、上空まで見えるよう天井も半分が硝子だ。
正面硝子の向こうにも石垣が組まれ、そちらは内より強い褐色に変じている。
扉口と正面硝子の間に二人掛けの籐椅子が置かれ、桐生らはそれに座って何かを待つ様子だ。
しばらくして、前触れのない大雨を思わせるざあざあ音が聞こえてきた。
そうかと思うと、豪快に湯が噴き上がった。
一気に湯気が立つ。
「間欠泉か。龍が逆巻いてやがる。湯浴みができなくとも見応えがあるもんだ」
地下深くから高温の湯が上り、威力を増して爆発的な勢いで地表へ向かう。
鏡越しでもこの迫力だ。
色のない透明な湯が天高く噴出する様に見入った。
「そうだねぇ。見事だ」
雪華の返事は上の空だがどこか熱っぽい。
「だろ、ってなあ。おい、どこを見ているんだ」
俺は不審に思って言葉を加えた。
「間欠泉もいいが、もっといいものが見えているだろう」
雪華が指差した方向は間欠泉のある外でなく内だった。
桐生と螢火が、互いの手で花を握り合っていた。上へ下へこする。
「何やってんだ? あんなのろまな動きじゃどうもならないだろうに」
「まあ、のんびり見ていてご覧よ。次の噴気に合わせるのであろう」
さして考えるまでもなく目論見が透けて見えた。
だが、間抜けな桐生は先に達して、螢火の手を白濁と汚した。
餓鬼の身体に慣れないとか何とか言い訳をしている。
それでも桐生は手の動きを止めることがなかったようで、螢火も堪え難い様子を見せ始めた。
優等な螢火は、次にやって来た噴気に上手に合わせて恍惚とした。
ついでの夏湯だったが一旦休みの見込みだ。
式神が小走りになって嵐雪を呼びに行った。
雪華の元から離れているせいで、式神は命令されたことしかできない。
焼き狸にならずとも、のぼせて湯狸になった二匹は嵐雪に担がれて秋の部屋へと運ばれた。
蒸し湯に入ってすぐだ。
季節外れの団扇で仰いで熱を冷まし、濡れ合った部分を拭うが症状は大したことねぇな。
そうして陽が傾き、先に目を覚ましたのは螢火だった。
身を起こし、湯のある方角を見つめている。
嵐雪も式神もすでに部屋から引いていた。
恐ろしく静かで、流れ落ちる湯の音だけがする。
螢火の視線の先には一面の赤が広がっていた。
秋の盛りを迎え大枝を広げた楓。自ら赤を生じるにごり湯。
湯は縁からそのまま流れていき、黄昏の天へ溶け込む具合だ。
大火を思わせるほどに赤々とした色が視界を埋め尽くせば、狸の本能を大いに刺激する。
「こいつは真実本物か……嘘か偽物だな。幻影が被せてあってもおかしくねぇ」
「幻影であったとしても美しければよいだろう? ああ……鬼灯を思い起こさせる赤だ。
それにしても、螢火はどんどんいい目をするようになっている」
紫紺の目に赤い光が重なり、得体の知れない色味を帯びて爛々としている。
静かだった鏡の中で螢火はおもむろに動き出した。
春の部屋に置いていた荷はこちらへ届けられていた。
例の木箱もそうで、その引き出しから絵筆を取り出す。
続けて興味深いものを次々と出して並べた。
眠る狸のそばで下ごしらえを終えた螢火は、獲物の頬に手をやって呼びかけた。
「桐生さん、顔色が随分よくなっています。起きて……起きてください」
「……くすぐったいな。ああ、螢火か。頬に墨がついている……」
桐生は墨を拭おうとしたが、それは叶わなかった。
細く縒った麻紐で両手足を後ろで縛られているからだ。
「……は? どうなっている……螢火?」
俺らには一目瞭然だが、当の本人には動きが取れないことしかわからない。
「これを、見てください」
螢火は問いかけに答えなかった。
身体を横たえた状態の桐生に向け、両手で麻縄を持ってぴんと張って見せた。
麻縄もまた赤く、よくなめしてある。
その辺で見かける縄とは一味も二味も違う。閨で他人を縛るために作られた代物だ。
桐生は時が止まったように固まった後、唾を飲んだ。
すぐさま意図を介したが、状況への理解が追いつかないようだ。
だが、本能は食い込む縄の感触を期待し、己がされる様を想像し、酷く息が荒くなった。
「桐生さんは痛いのが好きなんでしょう?」
そう言いながら、螢火はゆっくりと桐生を縛っていった。
覚束ない手つきが初々しく、色情をもよおす。
まあ、もよおすのは桐生だ。俺は状況が面白くてそうなっている。
「道具は忍冬さんにいただいたんです……縛り方も、縄師を呼んで、屋敷で直に教えてくれて。
試しに縛ってみろと言うから、僕は忍冬さんを人形にして……この縄で忍冬さんを縛りました」
繰り出す言葉に桐生は眩暈を覚えたようだ。俺だって可笑しくってくらくらしそうだ。
「忍冬の指南だと……いつの間にそんなことになっているんだよ。
それに、忍冬を縛った縄……?」
興奮の度合いも高まったらしく、花がそそり立っている。
雪華ほどでないにしろ、魅力的なそれは螢火の頬を染めるには十分だった。
「そうです……忍冬さんを縛った縄で、今……桐生さんを縛っています。
まだ忍冬さんのにおいが残っています。感じますか?」
言葉の効果は覿面だったらしく、ますます花を膨らませたのが見て取れる。
螢火が足先で触れると、たちまち蜜を放って果てた。
「あの文様は何だ? 螢火狩りの夜に描いた渦巻模様と別物だ」
螢火は、桐生が起きる前に筆で下腹部に文様を描き上げていた。
「あれは感度上昇を祈願したおまじないだよ。
忍冬が文様に興味を持ったからいくつか教えていたのだ。
嵐雪に一杯食わされた黒糖でもないが、うんと気持ちよくなれるやつだ……
雪花にも使ったのだろうか。螢火に教えるとは、忍冬もよく桐生を弄ぶ」
言って満足そうに微笑んでいる。
「気持ちよく? それは桐生にとっての話だろ。被虐心を煽り、痛みの快感に酔う。
桐生にうってつけだ」
一度果てた後、蝋燭で責め立て鞭で打ちつけた。
加減がわからないのか、好んでそうなのか。
俺の足蹴など及ばないほどに螢火は容赦がなかった。
桐生は縄の心地に酔いしれた。
肌は紅葉に乱れ、口と花は別々の意味でだらしなくなった。
今は脚を開かされ、花を露わにしている。嫌そうにしないからつまらねぇ。
鏡の向こうは、桐生のにおいで溢れているに違いなかった。
この夜、思いもよらぬ悦びを享受した桐生だ……だが、これで終わりじゃねぇ。
桐生の意識が飛ぶと、螢火が己に張った緊張の糸も切れた。
一瞬うつらとして、何かに惹かれて湯のある方角を見た。
素面のくせに目が据わってやがる。
「……雪花さん」
目を揺らがせて螢火はそう言った。
こちらの気が高ぶるような戸惑いの声を出し、恥じらい、道具も手から滑り落ちた。
「はあ?」
「ふふ、白橡もそう思うだろう?」
「誰もいねぇだろ。だが靄が纏わりついている。これじゃあ螢火の花の始末が見えやしねぇ」
「そうだろう、そうだろう。そこが惜しいのだ」
螢火はふらふらと湯の方へ行き、靄によって花を気持ちよくされている。
鈴のように澄んだ声で紅白狐の名を何度も呼ぶ。心酔している者の声色だ。
桐生に聞かせて身の程を説き、貶すにはもってこいだ。
「なるほど、確かに妙な気配があるぜ」
「ふぅむ、私の目からすると昨晩より気配が濃い気がするねぇ。不可解な靄だ。
花妖とも思ったが、桜でも楓でもないようだ。はて」
ともあれ、雪華と一緒になって螢火の乱れっぷりを拝むことにする。
桐生を拝み損ねたなんて気は微塵もなかった。
どちらかと問われたらなら俺の癖に見合うのは螢火だ。
数度達し、花蜜も絞れないと思われた頃、螢火はだんだんと幼くなっていった。
ますます可憐になった螢火を見て、鏡の向こうの者が欲しくなってきた。
それに、そろそろ湯に浸りたくもなっていた。
雪華の尻を叩き、とっとと飛び込むことにする。
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