古狸連中-陸 古狸は閨の相手を互い違える遊びに興を乗せて騒ぐ


桐生/

ぱんっ、と両の手のひらを叩き合わせる音が響いた。

「お取り込み中で悪いが、ずいぶんと定刻を過ぎてるぜ。鈴の音が聞こえなかったのか?」

不意に柏手を打ったのは白橡だ。

「狸どもがお待ちかねだ。遅れるのは勝手だが、ツケは赤猫が払うことになるぜ」

「それはいけない。しかし、到着しているのだから遅れていると言えるのだろうか」

言えはしない、と雪華が不敵に笑う。

「白橡も私もそろっているし、ここで始めるとしても構わないだろう?」

「ふん、そう来たか……まあ、よしとしよう。どうせ赤猫はただでは済まない」

白橡は舌舐めずりして了承した。それでいいなら決まりだ。

「だいたい、宴の始まりに居合わせているのだから遅れもないだろうに。

鬼の手による扇子は素晴らしい代物だったよ。あれらは銀匂とやらの貢物に違いない」

「その様子じゃあ鑑定の出来もいいみてぇだな。有難いことだぜ」

「当たり前の事を言うんじゃないよ。そうだ、その代金にこれを頂戴した」

雪華は赤猫の腰帯に差した扇子を示した。白橡の屋敷に転がっていた扇子だ。

「銀匂はいい趣味をしている。これぞ求めていたものと思ったよ。

それより、隠れて喰った壱鹿は美味だったろう。

私が目を離した隙にとは、戦慄を愉しむ悪戯だ」

「よく言うぜ。赤猫なんか放ったらかしで没頭していたくせに。

その間に最高の奉仕をしてもらった。特筆すべきは舌づかいだ。雪華が世話を頼むだけある。

だが、お前に化けた俺にあの惚れ込みよう。

閨の相手も見破れねぇようじゃあ、大した仲でもねぇな」

「ふふ、何とでも言えばいい。では、始めるとしよう」

互 い 違 え

  タ ガ イ チ ガ エ

「おいおい、散々待たせておいてあんなところでおっ始めたのか」

ちょうど東屋を臨む広々とした座敷にいた。

あの東屋は、初夏に白橡と電気鯰で戯れた場所だった。

激しく責め立てられた感覚が蘇り、腰の辺りがぞくぞくする。

今夜は東屋の周りに水を引き込み、孤島に見立てた舞台としていた。

観客がいれば、あそこは籐製でも檜舞台になる。

己の腕前だか、自慢の獲物だかを見せつける晴れ舞台さ。

あの二匹も心得ている。

鬼灯で出来たのれんは恐ろしいばかりに美しく、紅く旨そうでもある。

あの内で戯れるなら、さぞかし愉しいだろう。

だが、旨そうに見えても、ぶら下がっているのは火のついた、ただの風船だ。

これは雨夜に勝負に負けた白橡の趣向だった。

「初めに顔合わせくらいしたっていいだろうに」

俺のつぶやきに忍冬が答える。

「雪華が自由勝手なのはいつものことだ。顔合わせと言うが、間近で拝みたいのが本音だろう」

「わかっているじゃないか。せっかくの赤猫だ。見るならば近くで、と思うだろ」

「さぁな。この距離がちょうどよいのだ。こちらはこちらで自由ができる……」

言葉の余韻は、口づけた俺でない別の肌へと吸い込まれた。

「……見る者を意識してのことだから、おそらく開会演目のつもりだろう」

「なるほどな。そのつもりなら、とくと拝ませてもらおうか」

そう言って、俺は平気を装って東屋へ視線を戻した。

だが、今の今まで視界に入っていた忍冬と雪花が気になって仕方ない。

忍冬は澄ました顔で雪花の肩に手を添えていたが、今はどうだか。

後眼があるなら、二匹の一挙手一投足を見ていたいと思う。

ああ、忍冬はどんな風にして雪花を抱くのだろうか。

俺は未練がましく思った。

そうやって気が散っている内に、東屋では赤猫が一泡噴いていた。

宣言したとおり、雪華は壱鹿というお気に入りの猫を連れ出した。

壱鹿は雪花の娼館で料理番長をしている。

双陽を喰った晩にふるまわれた料理はどれも豪華で旨かったのを思い出す。

摩夷夏の裏方の片側を仕切る猫だ。

それに、隠居した雪華に料理も届けると聞いていた。

利なく、そんな風に甲斐甲斐しくする奴を式神以外に俺は知らなかった。

若い頃には雪華の元で色猫をしていたらしいが、白橡の言い様じゃあ現役なんだろう。

お気に入りを出し惜しみする雪華にしてはよくも差し出したものだと思う。

銀匂を要求するには、壱鹿を出さないと始まらないと見込んでのことだ。

「白橡は、直に触れるより別の者を通じて交わるのが好きだろう。ほら、こうして……」

雪華の声が聞こえる。

酩酊した壱鹿の脚を開かせると、木天蓼以前に相当絞られた跡がここからでも見て取れた。

目を盗んで隠れ喰ったと言っていたか。

花も、あの体格から想像できるが見事だ。

視姦癖のある白橡でも喰ってみる気になる訳だ。

今度は雪華の思うとおりにされて、受難の真っ最中だ。

壱鹿をダシにしたこの演目に名を付けるなら、狸の難、といったところ。

だが、この演目は壱鹿に限ったことではない。

古狸の他はみな、狸の難が出ている。

狸二匹に振り回されて、羨ましくも可哀想な壱鹿だ。

無骨に見えて、雪華と並んで見劣りもせず、鬼灯に照らされる様は実に艶美だ。

しかし、あと何度限界に達すれば許されるのか。

知れたもんじゃないがそんな宴が始まった。

これから互いの閨の相手を喰い違える遊びをする。

「摩夷夏の料理番だけあって壱鹿の舌づかいは熟達しているらしい。赤猫の舌も逸品か。

だがな、螢火の方が勝っている」

そう耳元でささやくと、汚れの落ちた真珠の肌が、鬼灯の光が届きもしないのに朱に染まった。

忍冬に連れ出された雪花のそばで、俺は螢火を抱え込んでいた。

脚の間に座らせ、華奢な身体を後ろから抱く体勢でいれば気分がいい。

宴前に、いつもの山伏姿を解き、風呂に入れ、真新しい浴衣を着せた。

どうしてだか身綺麗にすることを嫌がるが、

あらがう様子はそれはそれでちょうどいい戯れになった。

思い出して愛おしくなり、可愛らしい耳を軽く噛んだ。

浴衣の裾へ手を差し入れれば、呼吸を乱す。

鈴のような鳴き声を早く聞きたい。

だが、まだ堪えているので、いつまでそうやっていられるか見てやろうと思った。

雪花を気にする様子もあるが、それを隠す素振りをするので意地悪な気分になる。

後ろ手に縛った腕ごと螢火を強く抱き締め、ますます逃れられないようにする。

俺の花は螢火の後孔の深くに及び、ぎちぎちと音がしそうなほどだ。

後孔が慣らされている螢火であってもきついもので、間もなく一度目の波が押し寄せた。

螢火も快感の波を味わって蜜を溢れさせた。

ようやくか細い声が漏れ出て、俺は機嫌をよくした。

それなのに、鈍い音と低い声が邪魔をする。

見れば、雪花がいい塩梅に色めいていた。

鼻の周りと口の端を血で汚し、拭っても拭い切れず、忍冬の手にされるがままだ。

心内で羨ましいぜと思うが、忍冬も浴衣の下で蜜を滴らせているに違いなく、

羨望は嫉妬に変わる。

だが、まあ、致し方ないと心を落ち着ける。

もうそろそろ相手を交換してもいい頃合いだろう。

忍冬もこちらの視線に気づき、察したらしく口を開いた。

「もう頃合いか。桐生、次はこちらで雪花の受け皿になれ」

「……受け皿? どういう意味だよ」

振られたって、忍冬の指示に胸が躍るとしてもやむを得ない。

「だが、少し待て。ああ……」

期待した俺の問いかけは、忍冬の喘ぎによってしばし棚上げとなった。

あの晩までは、閨で忍冬は無口に俺を縛り上げた。

淡々と、いや、無慈悲と思えるやり方で、両手で首を絞め、気を失わせるといった具合に。

だが、目の前の様相はどういうことなんだ。

忍冬はやたらと口数が多かった。

恍惚として、見たことのないさまざまな顔と態度をする。

対する雪花は、迷惑そうであるし、痛みに苦痛と恐怖の感情しか持ち合わせていなかった。

がっかりするが、これが虐め甲斐というやつなのか?

そういうことなんだろ、悦び以外ないだろうに。

流石に嫌気が差した。やはり、恋敵は恋敵の何物でもなかったらしい。

そうして、俺にとってめくるめく甘美な夜が、忍冬にとってはほんの手遊びだったと思い知る。

腕の中の螢火も小休止であるし、自嘲気味に再び東屋へ目を向けた。

すると、いつの間にか頭数が増えていた。

「おや、白桃と黄桃も来ていたのかい。さあさあ、こちらへ来て、壱鹿の相手をしておくれ」

二匹は白橡のところの飼い鬼だった。

薄物を纏っただけの姿で、袖や裾が軽やかに翻る様は乙女子と見紛う。

紫籐の好みそうな演出だと頭の片隅で思う。

雪華が手招いた先で、白桃が壱鹿の奉仕を受けている。

なよとした見かけによらず、物怖じしないし、興味も強いのだろう。

好奇心はあっても受け身な黄桃は、白橡にべったりくっついている。

見てばかりの狸の首に腕を回し、横抱きにされて兄の方を凝視している。

「黄桃もおいでよ」

白桃に促され、白橡に背を押されてようやく黄桃も交じる。

「こりゃあいい。流石は雪華の思いつく道楽だ。俺の専売をよくわかっているぜ」

「そうだろう。意趣返しなんかで壱鹿を喰ってないで、初めからこうすればよかったのだ」

「それは同意し兼ねる。まだ足りやしねぇって。この貸しは高くつくぜ」

忍冬に訪れた波が鎮まると、閉じていた目がゆっくり開かれた。

受け止めた雪花はぐちゃぐちゃになって、俺を軽くあしらった時と比べて見る影もない。

だが、くたびれた表情や刻まれた皺、苦し気な声に色気があった。

そう感じる自分に毒づきながら、持ての指示は解かれたものと判断した。

ひとまず忍冬のそばへ行こうとして、果てた螢火を楽な格好で寝かせる。

「……桐生さん、」

螢火は微かに瞼を開け、すがるように俺を呼んだ。

「まだ休んでおけよ。今宵の戯れは長くなる。休めるのは今の内だ……」

「もう一度……」

両手で頭を抱き寄せられ、長い接吻を受けた。

可愛いものだと思って花をこすり、気持ちがよくなることをする。

満たされた顔を確かめて、離れ難くも螢火を手放した。

「待たせやがって。忍冬、受け皿って何だよ」

忍冬と俺の間に雪花がいるのが気に入らないので、しかめた顔を隠さず伸びた紅白狐を見る。

「言葉どおりだ」

忍冬は目を爛々として、羽交い絞めにした雪花を俺の上に被せてきた。

目障りな相手であっても狸好みの身体と肌を合わせれば、嫌でもその気になる。

それに牡丹のいいにおいがする。

「こういうことだ。ご無沙汰しているようだが、ちゃんとほぐしてあるのだろうな」

忍冬の声が言うのに、雪花の指が侵入してきた。忍冬の手が誘導している。

俺は向き合った格好で雪花に後孔を取られ、花まで握られた。

忍冬が雪花の後ろを攻めるために、狐は狸二匹にはさまれた格好だ。

そんな体勢なものだから、気が高ぶって感度もよくなる。

痛みから得られる悦びとは天と地ほどの差ではあるが、気持ちがいい。

雪花は唇を噛みながら、途中途中で色をくすぐる風な息をする。

その肩越しに見える忍冬に見下ろされている。

身体を熱くさせているくせに、酷く冷たい目をしている。

その様に背筋が震え、俺の花は乱れに乱れた。

気持ちがよくて頭がぼうっとしている。

一事の後なのだ。

どうしたって瞼が重くなって開けていられず、薄目になる。

そんな状態であるのに、今も俺は雪花なんかの受け皿にされている。

つまるところ、手綱を握っているのは忍冬なので、俺を疎かにして二匹で盛り上がっている。

あーあ、そんなんじゃあ白けるってもんだろ。

仰向けになっているので、逆さになった視界の先に雪華が見える。

気づけば壱鹿の髪紐がほどかれ、赤く長い髪が広がっていた。

怪談話に出てくる偉丈夫が妖魔に襲われているようだと思いながら、

薄目でいることも諦めて、完全に瞼を閉じた。

その分、妖魔じみた雪華の声が耳によく届く。

どうせ聞くのならそちらがいいと思い、近くの二匹の息づかいを拾わないよう努めた。

「壱鹿、もう限界かい? 体力自慢がどうしたんだい」

「無理言うなよ、昼間っから戯れてんだ。雪華が底抜けなんだろ」

「ふふ……私と比べてしまえば仕方なかろう。

聞くが、本当に白橡を見破れなかったのかい? そうではないだろう……ねぇ」

「……さあ。俺は誰かさんのせいで寝惚けていたし、考えるのも億劫だった。

まあ、抱かれてくるから変だと思ったぜ。珍しく、入れたくて我慢できねぇ顔をしてただろ」

「やはり、わかっていたのではないか。もう少し踏ん張っておくれよ。

とはいえ、何者かに誘惑された壱鹿を想って胸が躍ったのを白状しよう。

憎さ悔しさはそれ以上だが」

そう言って、果実でも食むように尻の柔らかい部分を噛み、

桃でいうところの縫合線を小刻みに舐め上げる。

「そうかよ……ああ……ん……っ」

こちらまで震えが伝わってきそうだ。思わず、両目を開いていた。

雪華は、桃にはない部分を舌でほぐし、受け入れやすくなったそこに花をあてがう。

壱鹿のいいところを探り当てて高笑い、中を突き上げている。

「壱鹿のここは私だけのものだ。ああ、私以外を受け付けないようにしてやりたい」

「雪華以外いるもんか……はあ……んん……っ」

「徒猫の世話にこういうものは入らないのかい。色札判じで黒糖の腰も砕いたそうじゃないか」

「あれは雪花に付き合わされたんだ……安心しろ、そこは、受け付けてねぇ……よ」

「まあ、知っているが。むきになって可愛い壱鹿だ」

壱鹿の顔がますます赤くなり、まさに赤猫のようになる。

「たまにはこういう責めもよいだろう。すぐに花蜜で零れるほどにしてやるからね。

それにしても、碧鬼の姿が見えやしない。壱鹿、今晩は白橡の閨の相手が主菜なのだよ。

碧鬼の名は銀匂といって……」

翻弄しながら語るが、どう見積もっても独り事だった。

壱鹿は聞いていられないほどになっていたからだ。

「鬼との交わりでは猛々しい姿を晒すことになるだろう。あまり壱鹿に見せたいものではない。

私であっても、壱鹿の前では猫を被りたいのだ……」

どうやら俺の早とちりだったらしい。

雪華の語りは正真正銘独り言で、聞こえていないとわかって口にしているようだった。

「さあ、深く眠っておしまいよ」

そう言って、雪華は壱鹿の瞼に口づけた。

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