春先-陸 色めき立った雪華は黒糖と紺に花合わせを仕掛ける
雪華/
利き酒遊びに引き続き、雪花と壱鹿をともなって風呂にした。
さすがにこの二人は全問正解を出した。
番狂わせや混ぜものを入れてみても引っ掛からない。
酒も花も舌の上で遊ばせて、ほどほどに愉しむ。
利き酒では黒糖と紺を揶揄うつもりだったので、目的をひとつ果たしたと言えよう。
くすっと笑うと、壱鹿は私の肩に浴衣をかけた。これから湯殿へ行こうという時にだ。
壱鹿も雪花も軽く浴衣を着ている。座敷から湯殿まで一棟の内で何の目もないだろうに。
あったとしても色猫どもの目だろう。別段構うこともない。見たけりゃ見ればいい。
裸も肌も、付き合いが長いくせに変な気を回すものだ。
そう思うが、気づかいに変わりないので、ありがとうと言って顔を引き寄せて唇を奪う。
「利き酒でも壱鹿と色々と遊びたかった。我慢していたのだよ、今からは私と愉しもう」
「あれだけ愉しんでおいて、どの口が言ってんだ」
「ふふ、あんなもの序の口ではないか。
利き酒で潰れなかった壱鹿は、湯殿で潰してあげるからね。酔って酔って、気持ちよくなろう」
顔を近寄せたまま壱鹿を半裸にさせて、胸に手を這わせた。
花 合 わ せ
ハ ナ ア ワ セ
壱鹿/
さっきの猪口の中身と同じものを盆に乗せて、どれがいいかと雪華に問う。
風呂の支度は万端で、あとは酒を注ぐだけ。酒風呂の酒は雪華の気分で選ばせる趣向にした。
今度の器は檜をくり抜いたもので、よく手に馴染むようにできている。
「ふぅん、そうだね。猫の恋は黒糖と紺にぶつけてやったし」
まずはひとつ呑み干す。
「人魚姫の夢にはまだ夜が浅い。蜘蛛の絡糸という気分でもないね」
言い放つ度に器を空にする。
「化かしあいか鬼神であるならば、鬼神だ」
そう言って鬼神を俺に呑ませた。
鬼神は生死を表すだけあってきつめの酒だ。だが旨い。
とくとくとく、と選んだ酒を一升瓶から湯船に直に注ぐ。
檜のやわらかな香りに芳醇な鬼神の香りが混じり合う。
部屋付きの内風呂は檜風呂だ。大浴場のものよりしつらえは高級にしてある。
長方形だが、酒の香りを漂わせるので、酒を入れて呑む升に見えた。
巨大な升だ。これを見たら、黒糖も入りたがっただろう。
酒風呂で酒を呑むなんて夢心地に決まってる。だがこれは勝者のもんだ。
乾燥鬼灯の粉末を少々溶かし込み、湯の仕上げをする。
雪花は呑む方の酒の用意をしている最中だ。
だから今は二人っきりで、雪花を待たずに雪華は湯船に足を入れた。
その姿に情欲を掻き立てられる。いちいち仕草が堪らない。
「壱鹿も早く」
両手を広げている。餓鬼でもないのに跳び込んでこいというのだ。
抱き合って湯に浸かり、早速めちゃくちゃにされる。
宣言どおり、酒風呂の中で雪華は色めき立った。
酒風呂は芯からあたたまるというが、狸と一緒だと早くものぼせそうだ。
雪花/
「雪花もおいで。壱鹿はのぼせてしまったから交代だ」
「酒の準備にそれほど時間を掛けたつもりはないが……」
それなのに、湯の案内を任せた壱鹿はもうのぼせている。
壱鹿は湯から上がり、簀の子状の椅子に座って熱を冷ましている。目がうっとりしている。
私がいない間に花を交えたらしく、その余韻に浸っているようにも見えた。
桶に入れた酌一式を持って湯に浸かる。
互いに自分の持った檜の猪口を相手に呑ませ、盃を交わす。
湯気にも酒精が含まれているせいで、酒を呑み、酒に浸かり、酒を浴びる感覚だ。
色めき立った雪華が絡みついてくる。
いい酒ばかりであればふつうは悪酔いしない。ただし、今晩は古狸を招いているのだ。
師匠とはいえ、危険な酒客だ。酔って己を失うことは避けたい。
「そろそろ春猫の増える季節になった。であれば、黒糖も解放する頃合いだろう。
桐生に色猫を紹介してくれと言われているのだ。他にいい猫はいないのかい?」
「赤毛の遊び狸のお相手ですか。忍冬を好むような狸でしょう」
「綺麗であればいいのだ。雄雌の好き嫌いはしないと言っているが、結局あれは中性好みだ」
「今年から舗に出している双陽は喰い時ですよ。可愛らしく雌雄がいい塩梅に不明瞭です。
珍しい夏猫ですから、話の種にもなります」
「いいねぇ、では近い内に頼もうか。ところで、黒糖の風向きはどうなんだい」
「あの顔を見たでしょう。今回も勝ちは私がいただきます」
「紺の奴は駄目だね。加勢してやるつもりだったが、戯れも今晩で最後になるだろう」
「何か仕掛けるおつもりですね。
あいつらに分の悪い遊びをさせたのも、罠を張っているご様子だった」
「ふふ、見てのお愉しみだよ。しかし、今は狸に垂涎の身体を喰ってやる」
そう言って、雪華は花をこすり合わせてきた。
黒糖/
紺ともども雪華の閨に連れ込まれた。
風呂でも狸の遊びは過激だったらしく、湯浴みを手伝った雪花も壱鹿も縁側で伸びている。
酔い醒ましの薬が効いたかどうか知らないが、少し身体が醒めてきた。
紺は駄目だ。酒酔い特有の眠気眼で、螺子がゆるみまくっている。
酒に強くもないくせにこんな遊びに付き合うからだ。
「さあ、次はお前たちを味わうとしよう。冬に熟れた身体がどんな具合か教えておくれ」
雪華は紺の背後を取って、腰をつがえて征服する格好だ。
完全に交尾の体勢だ……同時に花を翻弄されている。見ていられない。
紺は限界に達すると、そのままうつ伏せに崩れた。
「この程度で達してしまったか。可愛いものだね。
紺はもっと閨の経験を積まなければならない」
雪華は悦に入りながらも満足しておらず、紺ので濡れた手で俺の身体を探り始めた。
仄かに桔梗のにおいがして、大晦日の夜が脳裏を過る。
「ああ、黒糖の白檀のにおいでむせ返りそうだ。こんな風に酔いしれるのもいいね」
そう言われても自分ではよくわからない。
雪華は頭に図を描いて、手足を絡ませ、八重に咲く椿を形作る。
小刻みに腰を動かして後孔を突き、胸の突起に吸いついてくる。
空いた手で花をしごかれ、俺もたやすく限界に達した。
仰向けにのけ反って力尽きると、蜜で濡れた部分を舌が這う。
「こんな蜜は今まで味わったことがない。熟れすぎた気もしないではないが、旨いものだ」
四ノ猫の身体は堪らなくなって、再び花に突き上げるものを感じた。
紺/
「雪花には悪いが、私とて勝負には勝ちたい。可能な手があるのなら打っておくのは当然」
「勝負……?」
酩酊して閉じていた目を薄く開いた。
ご隠居が艶美に微笑んでいる。その後ろから誰かが覗いている。
「紺を勝たせてあげる大博打だよ。ようやく競り合いに持ってこれた。
白橡、竹銀匂の用意は出来てるかい?」
「ああ、出来てるぜ。嵐雪の始末だか不始末だかをつけてやろう」
白橡と呼ばれたその誰かは、長い前髪でほとんど目が見えない上に片目に眼帯をしている。
真っ裸のご隠居としっかり着込んだ姿が対照的だ。
確か、狂い狸とも言われる嵐雪さんの養い親だ。手を出すより眺める方を好むとか。
朦朧とする頭でそんなことを思っていると、
白橡さんは濡れてぺらっとした花片を目の前に差し出した。
「これはな、竹銀匂の酒に浸した花片なんだ。
初めは少々うずくだろうが、慣れるとすごくいい」
言い終わる前にご隠居は花片を指でつまんで受け取ると、私の後孔にねじ込んだ。
「あ……あ……っ」
後ろから突かれる感覚がして耐え切れず、目を開けていられなくなった。
うずくなんてものじゃない……花から蜜が溢れてどうしようもなくなる。
無意識に自分の花に手を伸ばしていた。
でも手に力が入らない。目的のものに到達せずに空を切る。
「ふふ、足掻いているね。今度は黒糖の番だよ。花合わせを試すからね。
嵐雪とじゃれ合うのはさぞ気楽であったろう。縛ることをしない、魅力のある猫だからね」
白橡/
九良の手引きにより娼館に忍び入った。
嵐雪は、自ら斡旋した同郷の九良に話を通してあった。毎度、下準備に抜かりがない。
警備がゆるい気がするが娼館の主の意向かもしれない。
つまり、夜の相手を招き入れるためにわざとしてるんじゃないかってことだ。
「色猫仕事が終われば、お前はまた同じことを繰り返すのだろう。
こんな無益な遊びは早々に終いにするがいい」
雪華は呵々として黒糖に言い立てる。
その黒糖は、花合わせという言葉を聞いてぎくりとしたようだった。
知っているなら話は早い。これから試そうという花合わせは、恋のおまじないの一種だ。
だが、自己の心を露わにさせ、意思表明をやらせる。
無自覚な者に思い知らすにはもってこいだ。
「いくら野良猫の身が気楽だからって、いつまでものらりくらりとしていてはいけない。
何のための発情期なんだい。番う相手と愉しむためだろう。そんなことだから雪花に捕まる」
鬼の造る特別な酒に、早咲きの桜の花片を浸した。
それを後孔にねじ込むと、どうしてだか雄のツボにちょうどくっつくらしい。
俺には経験がないが、紺の様子を見ていればよくわかる。
「多少のすれ違いがある者が、互いに恋に呪わせる遊戯だ」
意地でも照れ隠しでも、花合わせの最中に自分の心に背いた行いをすると、
天狗様に嘘をついたとかで精根が枯れるという。
「恋のおまじないとは恐ろしい術だね。しかし、それは違う思いでいる者らの話だ。
そうでないのであれば、恋の成就を誓い合う熱っぽいものだよ」
黒糖を紺と同じにした雪華は誘導を始めた。
「そうは言っても、今晩のことは紺は覚えていやしないよ。
この際だ、好きにすればいいだろう。
本当はどう思っているんだい。ほら、本当はずっとこんな風にしたかったのだろう」
俺に紺を仰向かせるよう指示すると、黒糖に向き合わせる。
紺は酷い有様だった。悪い意味じゃない。雪華であれば、絶景とでも言い表すだろう。
流れに逆らうことをしない生き方の三毛猫だ。必ず乗ってくる。
その答えに、黒糖は生唾を飲む音を隠そうとしなかった。
「代わりに私がしてやってもいいが」
事ここに至って逡巡する様子を見せるので、やんわり促す。
「……いい。俺がやる」
ようやく言った。
そうかと思うと、黒糖は紺にまたがった。対面で馬にでも乗るように。
そして、自らの後孔を紺の花で突いた。
いつも抱かれる側の者が主導して乱れる様子は見物だった。
雪華はこれが見たくて、同時に見せびらかしたかったのだ。
それで、わざわざ俺に用を言いつけて忍び込ませた。
「ふふ。雪花よ、勝てる勝負にみすみす負けるつもりはないよ」
雪華はこの賭事の相手に向けて言葉を放った。
紺にとっては長年の想いが叶った瞬間であったが、今晩の出来事は記憶にも残らないだろう。
「椿に三毛猫、桔梗に紺猫。札を咬ませるのだから、椿に桔梗、三毛猫に紺猫でもよい。
花を合わせて成就を願おう。打つ手は打った、ままよ」
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