春先-伍 雪華の気まぐれで昔馴染の色猫と利き酒遊びをする
雪花/
「蜘蛛の絡糸、鬼神に人魚姫かよ……いい酒ばかり集めたもんだな。祭りでもすんのか?」
舗の裏口に届けられた酒の検品をしていると、黒糖がやってきた。
滅多にお目に掛かれない高価な酒を集めたのだ。
酒呑みの黒糖が惹かれるのは当然だろう。
「そうだ、祭りのようなものだ。利き酒をしようと思っている」
「急に言いやがってよ。取りそろえるのにどれだけ苦労したか、わかってんだろうな」
「ちゃんとわかっているよ。ご苦労だった。壱鹿のおかげで準備万端にして上客を迎えられる」
舗へ運び入れる壱鹿と徒猫を労う。
「利き酒? どんな客の趣味だよ。ここは娼館だぜ。似合わねぇ高尚なことを考える」
「道楽が好きなのさ。お前も祭りの数に入っているからな。
今晩はいい酒が呑めると期待していい」
「ふーん。だが、利き酒ならこの量はねぇだろ。金かけてんな」
「この酒で風呂も用意しようと考えている。上手くすればお前もこれに浸かれるぞ。
喰われるのも折り込み済みだが。覚悟しておけ」
「贅沢が過ぎるな……はっ。期待に覚悟かよ。覚悟の方がでかそうだ。
にしても、どっかの色欲狸が好きそうな趣味だな」
蛇 の 目 の 器
ジ ャ ノ メ ノ ウ ツ ワ
黒糖/
「こうして顔を合わせるのは久方ぶりだね。どうだい、みな仲良くやってるかい?
この冬の黒糖が評判になっていると私の耳にも入っている。だから喰いに来てやった」
そう言って雪華は笑った。どっかの狸というのが当たっても嬉しくもない。
俺の顔が苦虫なのを見て、雪華はお気に召したらしい。上機嫌だ。
「雪華だと? 聞いてねぇよ」
雪花に視線を遣るが、手で遮られる。
「当然のことですが、壱鹿と紺には知らせていました。
黒糖にはご隠居の来訪を伝えない方が面白いと思いまして。故意に知らせなかったのですよ」
笑いこける雪華に雪花が説明する。俺を無視して、こちらもご機嫌だ。
「お陰様で舗は繁盛しています。黒糖の四ノ猫の評判はよいものです。
年の末から引っ張り蛸で。ご隠居の来訪を今か今かと心待ちにしていました」
「私は何もしていないよ。摩夷夏のやり方に助言は必要ないからね。
舗が繁盛してることは伝わっている。壱鹿も紺も雪花を支え、よく頑張っているね」
くすくすと笑う雪華は、最後に会った時よりも妖艶さを増している。どうなってんだよ。
壱鹿は頻繁に会っているらしく、この狸の気まぐれによくも付き合っていられる。
感心するぜと雪花と並んだ壱鹿を見ると、褒められて顔をほころばせている。
あー、この顔を久しぶりに見る。そういえば、こいつは昔から雪華の虜だったな。
紺も嬉しそうだ。この中で一番年下になる。
そのわりに一番の堅実屋が紺なのだ。だから摩夷夏で面倒な実務役ができるんだ。
隣に座る紺は落ち着いていた。舗の中で顔を合わせても取り乱すこともなくなった。
大晦日を最後に紺には触れていない。それなのに、花が桔梗のにおいを覚えている。
雨塚って奴と上手くやってんのか……何でもいいけどな。
今は眼前の酒のことで頭の中を満たした。
雪華/
案内された閨は一棟建ての贅を尽くした座敷だった。
風流さに欠けるとはいえ、雪花はいい趣味をしている。
畳の上に蘇芳の織物を敷いて花見のごとし。
脚のついた折敷は五つ。上座に一つ。残りは向かい合う形に置いてある。
それを前にして座っているのだ。
それぞれの折敷には六つの猪口が三角形になるよう均等に並べてあった。
「ところで、嵐雪はいないのかい? 愉しい遊びをしようというのに」
上座の私は右側に座る雪花に話しかける。
「あいつは今頃、外海へ出ています。腰を据えることのない奴で」
「相も変わらずせわしない猫だ。先日挨拶に来たが、もう旅立ったか。
忍冬も船を出したらしいから一緒かもしれないね。
ふふ、嵐雪は面白いことばかりしでかす。黒糖、正月から戯れ事に度々誘われたらしいね。
嵐雪は閨の決まり手を色々と試すのが好きだろう?」
左側の黒糖に問う。
ふんと鼻を鳴らして虚勢を張るが、目をそらす様子は照れているし、口の端がゆるんでいる。
黒糖はわかりやすい。いいねぇ、いやらしいことを思い出しているのだろう。
「しかし、今晩は私に付き合ってもらおう。酒はいける口だったろう」
話しながらも、その隣に座る紺を盗み見る。
落ち着き払って心を隠しているが、鬱屈したものを抱えている。
さて、私が考えた利き酒遊びをしても、今のように隠しおおせるだろうか。
「こいつは酒は呑めるが舌はどうだか」
壱鹿が口をはさむ。ああ、花筵に乱れた壱鹿の姿態を思い出して花がうずく。
「そうなのかい。では利き酒では苦労するよ。せいぜい頑張ることだね」
昔に可愛がった色猫らがこのように育っている姿を目にするのは面白い。
利き酒では、酒の色、香り、味の三点をみる。
常々思っていたことだが、花の味を確かめることに似ている。
雪花/
六つの青い二重丸がこちらを覗いている。
こう並んでいると、鯰の目を連想してしまうのであまり見たくない模様だ。
白磁の猪口の底に描かれているのは、鯰ではなく蛇の目模様で、
酒の色や濃淡を白い部分で、透明さや輝きを青い部分でみる。
用意した酒は、蜘蛛の絡糸、猫の恋、人魚姫の夢、化かしあい、鬼神。
それぞれに、食欲、性欲、睡眠、遊戯、生死を表す。
主張のはっきりした銘柄ばかりだ。一口呑めば間違いようもない。
私はもちろん、雪華も壱鹿もすべて呑んだことのある酒だ。
高い酒がわからないようでは娼館の主は務まらない。
道楽好きの雪華はまず間違えないだろう。壱鹿も客に出すものは必ず味をみる。
だが、黒糖と紺はどうだろうか。中には呑んだことのない酒もあるかもしれない。
それに、黒糖は酒であれば細かいことは気にしない。薀蓄にも興味がない。
紺は色猫の経験が少ないこともあり、比例して酒を呑む回数も少ない。
この遊びはどうやら黒糖と紺に分が悪いように出来ている。
猪口に注がれた酒の表面がゆらいでは輝く。
螢火の筆によって、いろは歌の順に文字を振った紙札を添えていた。
酒の銘柄を読み上げ、答え合わせは最後にする。
中に一つだけ混ぜものを忍ばせていることも伝える。
あとは雪華が規則だ。
黒糖/
雪花が読み上げた銘柄は有名なものばかりだった。
呑んだことのない酒もあったが特徴は聞き知っていた。何とかなるだろ。
「仁の猪口から始めるとしよう。まずは黒糖だ。
それから、紺、壱鹿、雪花、私の順にしようか。
今からすることをよく見ているんだよ、いいね」
雪華は言った。以から始める訳ではないのか。空手で立ち上がり、近づいてくる。
そばに腰を下ろし、俺の前にある折敷から仁の猪口を取る。
俺が最初というのはそういうことか。
「一番手だ。ちゃんと味をみるんだよ」
そう言って猪口の中の酒を口に含むと、それを直に俺の中へ流し込んだ。
長い……酒を入れられるだけでなく、舌で口の中を蹂躙される。
「……んんっ、はぁ……っ」
「ふふ」
ようやく息を継げた。味をみるどころではなかった。
雪華が仕組んだ遊びであることを忘れていた。何とかなると思った自分に呆れる。
「どうも集中していないようだ。
ぼうっとしているよ……四ノ猫というのは、
鈍感になるところと鋭敏になるところがあるらしいね。
的外れな回答には罰があるから気をつけることだ。
では、次は紺の番だ。黒糖の口で紺に呑ませてあげるのだよ」
雪華が済んだかと思えば、今度は紺か。
口の周りについた酒を舐めとる。味なんざもうわからない。
まだ酒も呑んでないくせに、隣の紺を見ると顔を紅潮させていた。
そりゃそうだ、俺と雪華の長すぎるやりとりを見ていたのだ。
瞬きを忘れている。俺が知る限り、紺は狸の遊びに慣れていない。
雪華のやり方は猫を早く酔わせる。しかも悪酔いさせる。
酩酊している意識はなかったが、すでに酔っ払っていた。
それに、俺の花は触れられもしなかったのに衣の下で蜜を溢れさせている。
口移しくらいどうってことない。
だが、仁の酒が何であるか、俺は紺の口の中で考えるしかないのだ。
酷い利き酒遊びだ。悩むだけ長引く。心を決めて、紺の猪口を手に取った。
久しぶりにみる慌てた顔は、澄ました感じよりいい。
利き酒どころでない状況に陥った紺は取り乱している。
紺の中は、甘く、果実に近い香りがする。糖分は高そうだ。味わいは複雑。
仁の酒は、猫の恋だ。
雪華/
「次は呂にしよう」
すでに身に着けているものはなかった。衣は煩わしいので早々に脱ぎ捨てた。
自分の番を先にするとして、呂の猪口を手に取る。
黒糖の着衣を脱がせると、蜜が溢れて仕様のないことになっていた。
それで脱ぐのを嫌がった訳か。濡れていると思ってはいたが、こうまでとは。
敏感になった花に酒を浴びせて舐めとる。四ノ猫の反応はすこぶるよい。
たっぷりと時間を費やして酒と花と快楽を愉しむ。
その次は、背中のくぼみを探して酒を注ぎ、舌でぺちゃぺちゃ舐めた続きで後孔を侵す。
後孔を満たした状態で、黒糖の花を絞って紺を誘惑する。
「紺、次の者は花を好きにしていい。手伝っておくれ。
しかし、私より先に達したらお手つきだよ。呂の番は回答できないからね」
紺は生唾を飲んだ。目は爛々として狩りの気配だ。
最初の落ち着きはどこへやら、欲望を抑え切れずどんどんいやらしくなっている。
その口で黒糖の花を咥え、迸る蜜を飲み干した。
「先に黒糖が限界に達してしまったようだね。しかし、紺も……ああ、お手つきだ。
私を差し置いて、二人して先にいくなんていけないね。教育がなってないぞ」
雪花と壱鹿に向けて笑う。
雪花は興味深そうに、壱鹿は呆れて、こちらを見ていた。
雪花/
答え合わせの前に黒糖と紺は潰れてしまった。
酒のせいもあるだろうが、明らかに雪華を交えたせいだ。
何度も絶頂を味わった身体は蛸のようになっていた。
狸が一匹でもいると、一気に興奮の度合いが高まる。
古狸連中は元より、螢火にも似たようなものを感じる。
星渦堂の狸もそうなのだろうか。
銀のことで藍が目付と呼んでいたから、強い執着を持ってそうだ。
雪華は見本をすべて黒糖で示し、四ノ猫を味わい尽くした。
的外れな回答すらできない二人は惨敗だ。
「上位の二人には湯浴みを手伝ってもらうよ。さあ、贅沢な酒の湯に浸かろうか。
下位には私の夜伽を務めてもらう。湯浴みの間に酔いを醒ましておくれよ」
休ませる時間を与えても、それで酔いが醒めるとは思えない。
ぐでぐでになった猫を甲斐に介抱させ、酔い醒ましの薬を飲ませるよう指示する。
それほど酒は呑んでいないはずだから効くかどうか。気休めでしかない。
嵐雪が置いていった木天蓼でもかがせた方が精力の回復になる気がした。
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