春先-肆 嵐雪は白橡を味方に雪華の屋敷で黒木を釣り上げる
嵐雪/
色欲狸の雪華と守銭狐の雪花が賭事をしている。
黒糖が誰になびくかってふざけた賭けだ。
雪華は紺に、雪花は俺に賭けているらしい。
まあ、ふざけているが面白い。俺だって、当人でなきゃ俺に賭けてる。
一体、何で判定しようと言うのか。
花を交えた回数であれば、紺は三回、俺はそれ以上だ。
だが発情期の間は別だろ。その間は無効じゃなきゃ、初めから勝者は雪花になっちまう。
黒糖は俺の誘いを断らないが、薬が効いてる間は雪花に公算が高い。
だいたい誰が数えるっていうんだ。紺との回数は、頼まなくても黒木が教えてくれた。
とは言っても、黒木は見張ってることもあれば、そうでないことも当然ある。
じゃあ判定は解薬の後に違いない。
なぜ、雪華は勝てない紺に賭けたのか。単なる気まぐれか。
それに乗ってやろうと思った。
天 井 裏 の 黒 猫
テ ン ジ ョ ウ ウ ラ ノ ク ロ ネ コ
白橡/
嵐雪から呼び出された。しかも窓の外を見逃すなという言葉を添えて。
正月に帰ってきてリーネと一緒に会ったのが久々だった。
その前は確か、御座敷で紫籐のところへ絵や骨董を売りに行った時か。
土産品を欠かさず持ってきて、土産話にも事欠かない。
毎度ながら型破りな中華猫だ。流れ者は性に合っているらしく愉快に暮らしているようだ。
捨てられていた幼い嵐雪を拾ったのがついこの間のように思える。
昔の話だが、狸でないものをそばに置いてどうするとよく言われたものだ。
そんなことを言う輩にはわからないだろうが、小さな頃の嵐雪はそりゃもう可愛かった。
器量は好みで、頭もよく、度胸もある。
変化のなさを嫌うせいか悪戯好きだ。毒っけを好むのは元からか後づけか知れない。
古狸連中はそのよさをよく理解してくれ、連中で花を交えてはぞんぶんに眺めた。
ひとりでぬいては、気が向けばたまに混じることもあった。
そんなことを思い出しながら二階座敷の欄干にもたれて煙草を呑んでいた。
すると、屋根と屋根の間から稚狸が歩いていく姿を見つけた。
顔は見えないが、あれは雪華の式神だ。きっとお使いだろう。
何の使いか知れないが、雪華のものぐさは相当なものだ。
食う、寝る、交わるで一日が終わる。屋敷から出ようとしない。
先日は桐生に桜の花片を用意させ、壱鹿を愉しんだと聞いた。ものぐさだが色事は別だ。
しばらくすると、式神は同じ路を戻ってきた。
その式神を嵐雪が足止めした。
嵐雪/
この辺りは隘路になって、路幅は狭く迷いやすいせいで、ふつうは誰も通らない。
尾行から逃れたい者がたまに使うし、古狸連中は好んでこの路を通る。
隘路で待ち伏せして、雪華の式神を捕まえた。
桜模様の衣は春めいている。しかも雪華に似せた魔性の稚狸だ。
無邪気な面の皮を被っているが、見る者が見れば、
そこらの色猫よりずっと色を振りまいている。
わざと狙われるようにしているのだ。
稚狸という餌を放って、獲物と思って狙った輩を雪華が釣り上げる。
俺の腕の中で式神は多少の抵抗をみせたが、適当なところで観念した。
白橡のいる二階座敷から大方の様子が見えるようにして式神の後孔を侵す。
式神のくせによくできている。身体も表情も。
俺にはこんな術は使えない。雪華も白橡も変な狸だ。
猫でも黒木のように術を使える奴がいるが、呪われでもしない限り猫にはできない相談だ。
後孔を刺激して蜜を滴らせている。俺もその気になって式神をうんと可愛がる。
白橡はもう満足しただろうか。
そろそろいいかと身体を離すと、式神がやめないでと言う。
雪華の術なのだ。わかっちゃいたが、なんて色に欲深い狸だ。
せっかくだから白橡が待つ座敷に連れ込んで間近で披露しよう。
視姦の癖を持つ白橡だって混じりたくなるかもしれない。
雪華/
式神の様子がおかしいと思っていたら、数日して風邪を引いたようになった。
顔を火照らせ熱と乾きを訴える。式神を四つん這いにさせ、仮花の具合をみる。
すると、これだ。
仮花がにおい盛り、とろとろになっている。
鬼灯でも盛られたかもしれない。原料は異なるが四ノ猫を連想した。
お使いに出した時に、嵐雪に捕まって花を交えたことに気づいていた。
私の式神だとわかっているだろうに、何のつもりかと様子をみていたところだ。
ついに、快感の頂点に達した式神は可愛らしい鳴き声とともに果てた。
すると術が解けて桜色の和紙に戻ってしまった。
ひらひらと畳に落ちた和紙には書付があった。
他人の術に上乗せしてこんなやり方ができるのは一人しかいない。
「白橡め。二人で何事か企んでいるね」
笑みが浮かんで仕方がない。うきうきしながら書付を拾った。
騙暗かす事もされるのも愉しいものだ。
どことなく雪柳のにおいを感じて花もくすぐられる。
可愛らしいものを目で犯すことを好む白橡とはいえ、このやり方は違うと思った。
二人で企んだとしても、嵐雪の考えだろう。
書付を読んでますます笑みが溢れてしまう。花蜜まで溢れそうになった。
嵐雪/
「白橡に嵐雪、いらっしゃい。そろそろ来る頃合いだと思っていたよ」
連れ立ってご隠居の屋敷にやってきた。
灯籠に火が入り、庭に咲く早い春を照らしている。雅な趣向だ。
雪華はいつものように桜色の着物を緩く身に纏っていた。
露出の癖で胸の突起までさらしている。老体に似合わず、桜色でつんとしている。
さすがに花は隠していた。ただの偶然かもしれないが。どうせすぐに花も拝むことになる。
「待ちくたびれてしまったよ。相変わらず、白橡は見事な術を使う」
言葉から式神の仮花を暴いたことがわかる。では俺の書付を読んだのだろう。
「そりゃどうも。嵐雪の頼み事を聞いてくれ。俺は繋ぎだ。
雪華の式神を巻き込んで、いいものを見せてもらったからな」
のばした前髪と右の眼帯で白橡の目を見ることができないが、口の端をにやっとさせて言う。
「ご隠居、その節は稚狸をご馳走になった。式神の仮花はいい塩梅だったぜ」
つい、舌で唇を舐める。
「ふふ。私の式神は精巧にできているし、味わいは極上だからね。
ねぇ、蜘蛛の先生に烏酒をあげたんだろう。干した河豚の嘴、焼いて熱燗。ああ、羨ましい」
「ご隠居には用意してねぇよ。あれは蜘蛛にあげるからこそ意味があるんじゃねぇか」
「向こうで花烏を抱えているそうだね。しかし、私も呑みたかった。残念だよ。
それにしても、今度はどんな悪事を企んでいるんだい。
紺猫に勝機なし、とは面白い。雪花との賭けを知っているね」
「だから来たんだ」
御足労、雪華は言って妖艶に笑う。
「紺を勝たせてやろう。高見の狐の鼻を明かしてやりたい。面白いだろ」
「いいねぇ……しかしお前はそれでいいのかい?」
黒木/
天井の下では酒盛りが始まっていた。
庭の夜桜を眺めながら、いずれは花を交える宴となるだろう。
春とはいえ、天井裏は暗いし寒いし、戯れなど論外。
ああ、私も宴会に交じりたいものです。
しかし、話の行方が不穏ですね。
私は嵐雪くんに声を掛けられてこの企みに加担していますが、
不在の間は雪花さんに報告をしてきました。
二人の思惑が異なれば、さて、私は処し方を考えなければなりませんね。
「どっちに転ぶかわからねぇから賭事は面白いんだろ。
今のままじゃあご隠居の負けが決まってる。どういうつもりだ」
「お前が食いつくのを待っていた。思ったより聞きつけるのが遅かったようだ。
嵐雪が動かなければ繰り事が終わらないのだよ……可愛い紺が可哀想だからね。
紺の様子を聞けば聞くほど、胸が締め付けられて蜜が垂れる」
雪華さんは、うっかり口の端から零れただ液に気づいて、
自分の指を使って遊ぶように糸を引かせる。
板の隙間から恍惚とした様子を覗く。花は今どんな具合になっているのでしょうか。
「何だ、ご隠居は紺の味方かよ」
「味方だとか敵だとか、あまり興味はないね。
木天蓼で発情した黒糖と己を見失った紺を喰いたい」
ははあ。さすがに古狸は旨いものが何かをよくわかっているご様子ですね。
頷いていると、どうしたことかお声が掛かった。
嵐雪/
「黒木も降りてこいよ。旨い酒がそろってるぜ」
「……」
「おいおい、沈黙の気配も消せないようじゃあ意味ないぜ。
もう出てくる心づもりができてるんだろ」
「……嵐雪くんには敵いませんねぇ」
どうやって現れたか、猫の目でも捉えられなかった。
ぱっと現れ、酒の宴にあっという間に馴染む気配だ。
黒木が天井裏にいるのはわかっていた。
こいつを引き込まなけりゃ雪花に筒抜けだからな。
「嵐雪くんは本当にいいんですか? 黒糖くんをあんなに可愛がっているじゃありませんか」
「俺にはリーネがいるからな。野良猫だからっていつまでもあれじゃあな。
それに、雪花のわかりやすい金儲けより、狸じじぃの欲望の方が面白いだろ」
「狸じじぃか。いいな」
「白橡も面白がらないでおくれ。年長者とはいえ、狸じじぃは嫌だよ」
「仕方ありませんね。嵐雪くんの話に乗るからには、代価はしっかりいただきますよ」
「ああ、わかってるよ。どれから喰いたい?」
「そうですね、手初めに中華猫から手を付けさせていただきましょう」
「いいぜ……久々に色猫になったつもりでもてなしてやるよ」
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