年始-陸 蜘蛛の招待で雪花は黒糖と烏を肴に花見で一杯する


黒糖/

「薬を調合した奴に会わせてやろう。月喰の先生を頼るほど気になっているのだろう」

雪花にそう言われ、連れ立って訪れた屋敷は北の僻地にあった。

立派な屋敷だ。

なのに、冷気を感じるほどの静けさと不気味な雰囲気がある。

門扉に行き当たるまでに屋敷の塀からはみ出た桜が目に付いた。

冬に構わず華やかに咲き誇っている。早まった奴だ。

「庭にいると言っていたか」

敷居をまたいで庭へ入ると、さっき見た桜があった。

今度は塀の内側から見ることになったが、こっちは一層華やかだった。

その桜の木の下に薬師と思われる人物がいた。

「四ノ猫を連れてきたか。お前が、媚薬を試したいと言われた三毛猫だな。

どうだ、見事なものだろう。冬にとち狂って咲いた花だ。

件の薬はここから発想を得たのだ」

酒 の 肴 は 猫

  サ ケ ノ サ カ ナ ハ ネ コ

雪花/

「この寒さの中、花見をしようとは粋なものだな」

「そうだ、いささか変わった花見だ。お前もそのつもりで来たんだろう。

酒の肴はそろっている。さっさと始めようじゃないか」

相変わらず無遠慮な物言いだ。

桜の下には緋色の織物を敷いて酒の支度がしてあった。

そばには黒糖より若々しく可愛いらしい猫が控えている。

私はまだ痛みの抜けない身体でよっこらせと腰を下ろした。

薬師の名は蜘蛛という。

美しい造形やその動作に惹かれるが、蜘蛛は忍冬とは異なる冷酷さを持っている。

禁薬の扱いに長けるとしてその道では名が知られ、非道な行いは日常茶飯。

蜘蛛や忍冬には遠く及ばないが、どちらかと問われたら私もそちら側に身を置く者だ。

「黒糖、お前はこっちだ」

立ったままでいた黒糖は事情を知るはずもない。

酒と聞いて顔をほころばせているが、肴が何であるかも知らずおめでたいことだ。

黒糖/

「効き具合が悪いと聞いていたがどこがだ?

私の手でも悦んでいるじゃないか。加減も、まぁこんなもんだろう」

両手を縛り上げて枝に吊るされた。抵抗もできず、糠喜びを思い知る。

着衣のままで開いた脚の間を初めて会った者にあけすけにされる。

悔しいはずが、身体は手の動きに合わせてよく反応した。

自分でも嫌になるほど甘い声が漏れる。

「お前もやってみろ」

雪花は朱盃を片手に持ちながら、いいかげんに具合をみた。声が大きくなってしまう。

「主人と決めた者により敏感に反応するようにもできている」

「先日は変だったのだよ。身体の切れがよかったらしく、舗を逃げ出す真似をしてみせた」

「ふん、道楽ではないか」

二人が俺を貶して酒を愉しむ間、猫の嗅覚はあるにおいに気がついた。

俺より優れた雪花の嗅覚も、すでに同じものを感じ取っていたらしく、においの元を見つめた。

視線の先にいたのはさっきの猫だ。

「花のにおいがするな。その子から」

「……お前たちの嗅覚はどうにかならないものか。鼻がいいのも困りものだ。

黒猫も、訪れる度に何かを嗅ぎとっていく」

薬師は黒木を罵りながら朱盃の中身をあおると、あどけない猫に顔を向けた。

「これを見て濡らしたか? 烏、お前を放っていて悪かったな。遊んでやろう」

ああ……若い猫は羞恥に頬を染めている。

烏と呼ばれた猫の位置からは、

二人によってどうしようもない状態になった俺のが見えるのだろう。

「肴はいくつあってもあり過ぎることはない。こいつはいい声で鳴くぞ」

こいつも俺と似たような立場なのか。

雪花/

「見物だな。愉快愉快」

牡猫が二匹並んで吊るされている。

衣は着ていてもすでに意味を為さず、蜜を滴らせる部分を隠せていない姿に色情をもよおす。

上向いたものから艶のあるものが溢れていた。指でこすり広げたが、それに留めた。

腰が震えているのでなでてやると、よい声で鳴く。反対に、震えは前よりあからさまになった。

「他には何かないのか?」

「これはどうだ」

蜘蛛が懐から取り出したものは黒い棒きれだった。卑猥にぐにゃりと歪む。

表面にくねくねした舶来の文字が書かれていたが読めなかった。何にしろ棒きれだ。

「一体どうやって使うんだ」

「何、後孔に挿すのさ。こんな風にな」

言って猫の短い着物をめくり、白い尻を露わにする。

二股に分かれた尻尾の根が見えた。それに綺麗な形の尻だ。

そこにさっきの黒いものをあてがうと、振動で後孔を侵し始めた。

同時に猫の身体が淫らに揺り動いた。

複数の目と蜘蛛の手もあって、猫は堪えきれず甘い蜜を放出した。

黒糖/

ゆっくりと、ゆっくりと、黒い棒を抜かれている。

その後でも、隣の猫は色んなものをびくんびくんさせている。

薬師は、蜜がついたままのそれを雪花に手渡した。

空になった手はいやらしく汚れ、いつかの紺の手を思い出してしまった。

扱いはまるで違うのに、ただ白い手が蜜にまみれているのが同じだった。

もう片方の手はというと、猫の身体に執着していた。

雪花は受け取ったものを玩びながら言った。

「これは驚いた。猫又でも驚くが、この猫は花烏ではないか」

「こいつが……花烏? 貧困街の出と思っていたが違うのか」

「知らないで名を呼んでいたのか? このあたりに印があるはずだ。

確かめるには湿らせる必要がある。舌で舐めれば、印が浮かび上がってくるぞ」

「こうか。花烏など、猫でも狐狸でもない者にわかるものか」

薬師は言われたあたりをすすった。

「違う」

「ではこうか」

「違う、舐めると言っただろう」

薬師の悪ふざけに付き合って、雪花は花烏の印を確かめさせた。

ようやく印が浮かび上がった時、猫は息も絶え絶え、幾度目かの限界に達した。

次は自分の番だった。

雪花/

蜘蛛から受け取ったものを黒糖に挿して、追加で注文した例の薬を塗り込んだ。

ぞくぞくして堪らないのだろう、定まらない腰を抱えながらになった。

その合間に戯れたが、黒糖は嫌がりながらも、私の命令にちゃんと反応した。

猫に木天蓼は覿面だが、己にする気にはならない。狐であるし。

紺は酒宴の晩に鬼木天蓼で遊んだようだが、一体どんな気を起こしたんだか。

薬嫌いの理由を知っているので、自棄を起こしたとしか思えなかった。

だが、酒宴が明けてから紺は落ち着きを取り戻していた。

腑に落ちない。黒糖から研ぎ師の雨塚に乗り換えたとも思えないが。

「用心に越したことはない。そこと、そこも、塗り込んでおけ」

蜘蛛は自分の愛玩猫を抱きながら助言する。

「そうだ、確かめなければならないことがあった。解薬の進み具合はどうなっている?

黒糖が心配しているからな。期限までにできそうか」

「雪花ぁ……いつでもできるような言い草だっただろ。出鱈目言いやがって」

こちらの愉快な笑いに黒糖はさらに悪態をつく。

「ふん。三毛猫、お前の心配は無用のものだ。欲しいものは出来上がっている」

その言葉を聞いて、黒糖の咽喉が鳴ったのを聞き逃さなかった。

「それはよかった。こちらも安心して色猫仕事に励むことができる。

それはそうと。黒糖、この屋敷に盗み入ろうなどと馬鹿な考えは捨てた方がいい。

ああなるのが関の山だ」

隣の猫を示唆する。再び喘ぐ猫は、こちらの視線を振り切るように乱れた。

「これ以上猫はいらんぞ」

「そうか、ではもっと酷い扱いを受けるだろうな」

今度は別の意味で咽喉が鳴ったようだった。

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