年始-肆 加虐趣味の忍冬は札無しの雪花に色猫遊びを強いる
忍冬/
「今晩、色猫遊びに付き合わないか?」
帳場の仕切り台に頬づえを突いて、舗の主人に声を掛けた。
星渦堂と屋号を掲げるこの古書舗は、
古書であれば、内容の如何を問わず取りそろえてある。
舗の中は書物で混沌としていた。
棚はすでにいっぱいで、収まりきれず、大半は山になって積まれていた。
舗の主人の姿は、書物の山となった帳場の向こうにいるため見えない。
ただ頁をめくる乾いた音だけがしていた。
化 け 狸 の 来 訪
バ ケ ダ ヌ キ ノ ラ イ ホ ウ
忍冬/
天井近くに大きな星図盤が吊り下げられている。その凝った造りを眺めて返事を待った。
長い間の後で返事があった。狸の相手は気長が大事だ。
「お誘いは嬉しいのですが、今度にでも……ちょうど面白い書物を仕入れたばかりなので」
「そうか」
主人は付き合いが悪く、若造で軟弱に見えるが、おどろおどろしいものを隠し持っている。
断られることがわかっていても何かに付けて声を掛けてしまう。
「また興味を持ったら言うといい。ここに土産を置いていくよ」
「舶来の本ですね、ありがとうございます。きっと銀の奴も喜びます」
「ああ。蛇がのたくったような文字で書かれているが、あの博学の狼なら読めるだろう。
では失礼するよ」
すでに書物に没頭して返事はなく、代わりに頁をめくる音が聞こえた。
雪花/
「紅ノ一を頼む」
その指名が入ってから気分が優れない。
正月早々これだ。毎年のことながら嫌気が差す。
紅ノ一の札を降ろして久しいが、断れない手合いだった。
「こちらがこんな具合だというのに。壱鹿、お前はずいぶん愉しそうだな」
「そりゃそうさ。忍冬さんが来ると気合が入るからな。それにいい物が使える。
食材は新鮮で高級なものを、酒は舗で一番いいものを、他にも」
「普段からいい物を使わせてやっているだろう」
「まぁな。だが忍冬さんの時は特に気を遣ってるだろ」
「もてなしを十分に行うのは当然だ。それに、私だって狸そのものが嫌いな訳ではない。
毛並みはよいわ、ものはでかいわ、狸の身体は好きだ」
好きなのだが、件の狸は別だった。
「にしても、お前が台所に来るなんて珍しいな。そんなに滅入っているのか」
「そうだ」
相手が壱鹿だから、他の者には言えない本音で答える。弱っていた。
「どえらい狸に手を出すからこんな馬鹿をみる」
「お前だって、狸のご隠居に毒されていながらよく言う。だが、ご隠居の毒はやさしい、か」
ふん、と自嘲気味に言って笑った。
慰みのつもりなのか、壱鹿は私の肩を抱いて頬をこすりつけた。
くすぐったく、幾分気持ちがやわらいだ。
忍冬/
この狐の歪んだ顔が堪らなくいい。
その顔で、その紅い目で、こちらを見据える様に悦びを覚えるのだ。
閨へ入ってまず接吻し、布団へ押し倒す。身体の細部にわたって感じる場所を探り出す。
そして、体裁が保てなくなったところで思い切り殴った。
これがそそるのだ。いい顔をする。
いかにも偉そうな奴が崩れる様がいい。
身体も、単純なつくりは猫同様だが、狸好みの旨みを持っている。
今は隠居と決め込んでいる雪華が、なかなか同種の狸に喰わせなかっただけある。
自分の舗で猫ばかり相手にさせていたのは、この身体を独り占めしたかったからに他ならない。
じっくりと身体を痛め尽くす。
雪花の白い肌が、腫れて薄紅色に染まって綺麗だった。
雪花/
手温く扱われるのは序の口だけ。
殴られた頬がじんじん痛むが、夜はまだ始まったばかりだ。
黒糖の知らないことだが、嵐雪は年始の酒宴がある度に摩夷夏へ顔を出しているのだ。
雪華の下で色猫をしていた時に犯した罪によって嵐雪は一所に留まることをやめた。
すっかり流れ者が身に着き、各地でいい猫や珍しい猫を見つけては私に寄越してくる。
中華猫や夏猫を見つけるのもそれで、冬の四ノ猫も発想は嵐雪だ。
その嵐雪が客として紹介したのが、目の前の加虐趣味の狸だった。
忍冬にしろ、蜘蛛の先生にしろ、嵐雪が紹介する奴はたがが外れている。
忍冬は欲を満たす行為に飽きると、脱がされた着物から腰紐を見つけて私の両手を縛った。
その状態で私の花を気持ちよくすると、絶頂を迎える前に嘲るように手を上げる。
加虐的な性癖を持ち合わせているせいか、こちらの苦しみに悦びを表す。
そのくせ、花以外に狐の感じる場所を心得ているのが不思議だ。
手を上げた後で浮かべる笑みは、残虐さに満ち満ちている。
事が早く終わることを願いながら、私は化け狸の快楽に付き合う外なかった。
忍冬/
旨い酒と料理に舌鼓を打ちながら目の前の雪花を片手間に抱いた。
整えていた髪はばらばらに、身に着けていた衣はそこらに脱ぎ散らかしている。
敷いた布団は乱れに乱れ、顔も身体も花もまた。
白い肌に紅く滴る血が美しく、ひとりで何度かぬいた。
両手足を広げさせ、歪んだ顔と花とがよく見えるように寝かせた。
「よい眺めだ、美酒嘉肴とはこのことだな。お前は紅い血が本当によく似合う」
じりじりとそばに寄り、その上に覆い被さる。
骨ばっているものの、しなやかさのある身体をなぞり、滴る血をすすった。
ただ痛いのか、傷口に染みるのかわからないが、押し殺した声を上げる。
雪花の艶めいた鳴き声に、私の精力は尽きそうもない。
雪花/
「そういえば、興味深い物を手に入れたのだ。このところ、巷で流行っているという」
片手で私を抱き、空いた手で何かをまさぐった。
かたり、と箱を開ける音がすると、次にはずずずと重みのあるものが畳を這う音がした。
その音に反射的に身体を震わせてしまった。
近くにあった事実に恐怖する。
これは……私の耳にも入っていたものだ。
娼館の道具に加えないかと勧められたが先送りにしていた。
「察しのいいことだ。お前も知っているのだろう、電気を放出する鯰という奴だ。
変種といったか、そこらの鯰とは違うぞ……」
畳を這う音が消えたかと思うと、それは布団の上へ移動していた。
「調教を生業にしている鬼に上手に動くよう仕込んでもらった。これはいいぞ」
忍冬はそばに寄ってきた鯰をなで、何事か聞き取れない言葉を口にした。
すると、鯰は脚に這い上ってきた。その触れた瞬間の痺れときたら……
思わず漏らした声に忍冬はにたりと笑った。
「いい刺激だろう。私は極上の奉仕を求めてきたのだ。
最高の顔を見せてくれよ。そのために面白いことを試そう」
忍冬/
しばらくは手加減して鯰で雪花を愉しんだ後、違った場所へ誘導した。
「これで絶頂に達するのもきっとよいはずだ。
お前に味わって欲しくて仕方がなかった……恐怖の顔を見せろ」
言葉の意図を計りかねていたであろう雪花の顔に、静かに恐怖が浮かぶのをみて満足する。
ああ、そうだ。お前の予想は当たりだよ。
脚を開かせ花へ誘い込む。
今宵、幾度も蜜を溢れさせた花は、甘いにおいをさせっぱなしだった。
牡丹のいいにおいだ。
股の間に寝かせた状態で上から覗き込み、花に巻きつくよう鯰を誘導する。
痛みに歪む顔がよく見える。泡をふき、蜜を迸らせ、よく鳴いた。
雪花の鳴き声を塞ぐように深く接吻し、息もできないようにする。
雪花/
存分に事を愉しんだ後、忍冬はぱったりと死んだように眠った。
眠っている間も、私の身体に絡みついて離してくれない。
真実寝ているのか怪しいところだが、花を握っても目を覚ます気配がなかった。
無理に忍冬の手足の拘束から逃れると、後の仕打ちが恐ろしい。
人を呼べば、それはそれで怒りを買う。
だから乱れっぱなしで床をともにする。
目覚めるまでここを離れないことも奉仕の内だ。これで丸一日潰れる。
身体を落ち着けるには十分な時間だが、化け狸のそばにいるのでは心が安まるはずがない。
だが、隣を見れば、さきほどの残虐さが落ちた美しい顔があった。
面は綺麗なのに、あの残虐さはどこから生まれるものなのか。
野猫の別名を持ってはいるが猫とは性質を異にする種だ。
仲間うちでも騙暗かす事を好む古狸の一派だから、狐の私には理解しようもなかった。
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