年始-参 獲物を狙う雨塚は恋に焦がれた紺を隠れ遊びに誘う


雨塚/

すでに隠れ遊びの時間になっていた。

決め事がある訳でもないが、

酒宴が盛り上がり、いなくなっても構わないと思える時間がそれだった。

だが、そんなことを気にしない連中もいる。

最初の一組は、人の目を集めるだけ集めて消えた。その一組が消えて久しい。

今頃、奴らは閨でねんごろな関係を築いていることだろう。

その奴らのせいで、隠れ遊びをしていい雰囲気が早まった気がしないでもない。

酒の入った他の猫たちも、めいめいに気の合った相手を見つけて姿を消し始めた。

その気のない者は早々に退散している。

酒の席に残っている者は減ってゆくが、その中に目当ての猫が残っていた。

宴 も た け な わ

  エ ン モ タ ケ ナ ワ

紺/

「お独りで呑んでいらっしゃるのですか」

「黒木さん」

「隣に座っても構いませんか?」

「ええ……どうぞ」

「あの二人はすいぶん仲がいいようですね。

ずっと会っていないはずですが、それを感じさせませんし。

私の記憶が正しければ、黒糖くんを色猫に引っ張ったのも嵐雪くんですし、

開発も、そうでしたよね。

一見、嵐雪くんが強引に誘ってるようにみえますが、

惚れ込んでいるのはどちらかというと黒糖くんですねぇ。

薬のせいでもないでしょうに」

「苛めないでくださいよ。そんなこと知っています」

「あからさまですからね。妬いたあなたを私が喰べてあげても構いませんが、あちら」

と黒木さんは視線を遣る。

「雨塚くんがいますよ。焼き餅なんて焼いてないで、行ってはどうですか」

「雨塚?」

「ほら、向こうも気づいたようですよ」

視線の先に目を遣ると、しなやかな体躯の猫がいた。

確かに雨塚だ。研ぎ師で、ここで使う刃物類は全部お願いしている。

いい仕事をすると料理番長の壱鹿さんが褒めていた。

「黒糖くんがいないからって禁欲する必要もないでしょう。

私は別の用がありますので退散致します」

しなやかさは猫の褒め言葉だ。

魅力があるからそう思う訳だが、雨塚の誘いを今まで断っていた。

雨塚/

「よぉ、風邪は治ったのか?」

「……雨塚」

こちらを見つめる目が潤んでいる。

例の、消えた一番手の奴らが頭を過る。三毛猫と中華猫だった。

俺も摩夷夏の出入りは長いから、ここの事情も多少わかっているつもりだ。

三毛猫を誘うこともかなわず、別の相手と消えて妬いているのか。

その目が欲情していてぞくぞくする。

好きな相手の惚れた猫があれというのが気に食わない。

だが、紺は焦がれるほど色気を増す。その感じがいい。

隣に腰を下ろし、肩を抱き寄せた。

抵抗はされなかった。反応もないので、唇を重ね、もっと奥まで舌を絡める。

唇を重ねたまま花に触れると、花は濡れていた……思った以上に。

反応がないと思っていたが、そうでもないようだ。

やはり嫌がる素振りがないので、指に蜜を絡め、わざと音を立てる。

そこでようやく表情が乱れてきたが、見ようによっては上の空でもあった。

別の相手のことでも考えてるんだろ。

とはいえ、ついに紺は声を漏らした。ああ、この声、いやらしい。

紺は俺の手に手を重ね、向こうへ行こうと言った。

いつもは押しても了解しないくせに、今日はたやすく誘いに乗るんだな。

紺/

適当な閨を見つけると、寝具が一式用意されていた。

今日までに、自分が指示して若い猫たちに用意させたものだ。

酒宴の準備はこういうものも含まれていて、他にも似たような部屋の用意をしてある。

自分で使うつもりはなかったのだが。

灯りの用意もしていたが、雨塚は火を必要とせず始めにかかった。

自分から誘っておいて早々に主導権は雨塚に渡してしまい、上の空で腰を動かす。

頭の中ではさっきの情景が繰り返されていた。

突然現れた嵐雪さんが、黒糖さんの酒を奪って、口づけをして、身体に触れて……消えた。

嵐雪さんは昔と変わらず自由に生き、人を巻き込む魅力に溢れていた。

そして、黒糖さんの心を今もぎゅっとつかんでいるようだった。

黒木さんの言う通りだった。

二人のやりとりは荒っぽいが、好き合っているのは明らかだった。

しかも……黒糖さんが惚れ込んでる。

さっきの席で、私のことをひとつも気に掛けなかったのも心理的な打撃だった。

大晦日の誘いもただの気まぐれか、と仕方がないことばかり考えてしまう。

わかっていたが、舞い上がっていた自分の顔を両手で覆いたくなった。

そうでなくても視界に眩しさを感じた。

雨塚/

「眩しい……」

「悪いな。火を点けた方がよく見えるんでな」

夜目の利く猫はそれほど灯りを必要としないが、たまには必要な時もある。

というより、いつまで経っても上の空の紺の注意を引こうと思った。

火に背を向け、紺を壁に押しやる。

普段見えない部分を拝んでやろうじゃないか。

「誘っておいて、こんなじゃあ……もっと構ってくれよな」

紺にとっては眩しいだろうが、これくらいの仕返しなら許されるだろう。

ようやくこちらに意識が戻ってきたようで紺は俺を見据えた。

脱ぎ捨てた衣から小壜を取り出し、中の液を片手に垂らす。

「何ですか、それは」

液を両手に絡め、匂いをかいだ。

仄かに花をくすぐるが本家の木天蓼には遠く及ばない。

「鬼木天蓼の枝から採取したものだ。木天蓼ほどの効き目はないが、いいものだぜ」

「鬼木天蓼……薬ですか?」

紺は遠慮がちに顔をしかめた。

紺/

「薬は嫌か?」

「いえ、薬は……初めてで」

嘘だったが、無理矢理だったあれを数に入れたくなかった。

「嫌ならよしてもいい。だがこういうのもたまにはいい。

ただ、木天蓼にはめられた奴と同じように感じてみるには、ちょうどいいと思ったんだ」

「同じように……」

木天蓼にはめられた奴というのは黒糖さんのことだ。

その顔が思い浮かんで、後の言葉が続かなかった。

雨塚は私の気持ちを承知で誘っている。それが猫というものだが。

なぜか慰められる気持ちになって黙っていると、その沈黙を雨塚は承認と判断した。

壁に背をつけたまま脚を広げられ、手始めに花に丹念に塗り込んでゆく。

雨塚の手つきはいやらしく、過敏な箇所を見事に突いてゆく。

色猫に向いている、と頭の片隅で思う。

そして、脚や腹、胸、腕、首筋に続いた。

いちいち身体が反応したが、雨塚はそれをじっくり愉しみながら全身に塗っていった。

もちろん、大事な箇所は花と同様丁寧に。

雨塚/

「色猫の仕事は増やさないのか?」

「人手が足りない時なら。それ以外は出るつもりはありません。

私には華やかさがありませんし、裏方が性に合っていますから」

俺が紺を知ったのは、娼館の客としてだった。

滅多に色猫をしない紺に当たったのは幸運としかいいようがない。

常連でも上客でもないのが、いい方に働いたんだろう。

「華やかさがない? こんないい雄猫が裏方か。

取立て屋は御免だが、お前がわざわざ取り立てに来るならそれもいいな」

「冗談を。色猫ならあなたの方が向いていますよ。やってみる気はありませんか?」

「俺はただの研ぎ師だよ。しかし、俺が色猫になったら買ってくれるか?」

「……ええ、買いますよ。常連客になってあげますから」

「いいな、それ」

三毛猫と色札を並べても俺を選ぶだろうか。

聞いてみたかったが、そんなくだらない問いの答えはわかっている。

一番でなくともそんなに悪いものではない。

だから聞く必要はなかった。

 2-3