年始-弐 年始の酒宴に現れた嵐雪は黒糖とともに閨に消える
嵐雪/
町の西には歓楽街が広がっている。
老舗の料亭や茶屋が並ぶ華やかな通りを抜け、ある角を曲がると遊郭が立ち並ぶ界隈へ出る。
ここらは、夜であれば無数の赤い灯籠に火が灯り、小慣れた若い猫に狐狸が声を掛けてくる。
「おにぃさん、今夜はいい猫がそろってるよ。遊んでいかないかい」
それらを笑顔でやり過ごし、連れと合流してある路地へ入った。
細く長い路地に両脇を竹で編んだ塀が続く。その先にはやはり竹の門が建っていた。
門扉は開かれており、中からずいぶん賑やかな声が聞こえてくる。
「おっ、久しいお客連れだ。どうだ、一杯やっていくんだろ」
「当然だ。しばらく厄介になるぜ」
「勿論よ。ご馳走になるわ」
連れのリーネは、桃花ちゃんが待ってるのと言ってどこかへ行ってしまった。
俺はどうするか。昔馴染でも捜すとしよう。
酒 宴 の 顔 ぶ れ
シ ュ エ ン ノ カ オ ブ レ
雪花/
天狗様への酒の奉納、もとい、色札判じが終われば酒宴が待っている。
いつもであれば、私と紺が新しい猫をともなって天狗様へ行くため、
その間に壱鹿が酒宴の準備を取り仕切る。
だが、今回は壱鹿を付き合わせたせいで、紺が酒宴の準備を引き受けている。
懇意にしている者を招いての酒宴だ。
旨い酒に旨い食い物、そして旨い猫を盛大にふるまう。
籠ノ目と酒を飲み交わしながら、私は軽く周りを見渡した。
同じ酒の席には、籠ノ目の主人の他に黒木と黒糖がいる。
ついさっきまで壱鹿がいたが、とっておきのものを作ってくるとかで席を外したままだ。
その空いた席に、一仕事終えた紺が加わった。
黒糖/
「餓鬼が増えたな。はっ、甲斐が兄貴面してやんの」
「甲斐くんは面倒見がいいですね。
おや、夏猫の兄弟とはあの子たちのことですか。ずいぶん仲がよいようで」
「そうなんです。左にいるのが九良、右が双飛といいます。
兄弟といっても血の繋がりはないのですが、
夏猫は少ないですから……馬が合っていつも一緒にいるようですね」
「九良は良質な中華猫でもある。綺麗な顔をしているだろう。ああいうのは少ないんだ。
双飛はどうだ、お前のような輩が好む猫だろう。
これから表に出すつもりだ。たまには色猫買いを愉しんでみたらどうだ?」
「ええ、ええ、まったくどうして。
どんな伝手であんな猫を見つけてくるのか知りたいものです。
しかし聞き捨てなりませんね。あなたは私からも金銭を取るおつもりですか?」
「客であれば、極上の奉仕をしよう。いい伝手はそう簡単に教えてやれんな」
カラカラ笑う雪花を見ながら、中華猫なんてほんとどうやって連れてくるんだか。
俺は昔馴染の猫たちがそろった席を見渡した。
こんなところじゃないと、そろうことのない猫たちだ。
「中華猫ねー……」
だいたいそろってるが、ずっと姿を見せない奴もいる。
「黒糖くんはあちらがお好みですか」
「俺はお前と違って餓鬼相手に興味はねぇよ……ちょっといかれた奴を思い出しただけだ」
「ああ、そちらですか」
「ははっ、あいつのことだろう。そんな風に言ってくれるな。あれでもあいつは俺の兄弟だ」
「血の繋がらねぇ兄弟が多いことだ……何だっていいけどな」
赤い盃に満たされた酒を一気に呑み干し、新しい酒を注いだ。
嵐雪/
「いかれた奴ってのはどいつのことだ? 俺も話に交ぜてもらおうか」
後ろから身体を抱きすくめ、黒糖の手に握られたままの盃から酒を呑み干した。
「あー、旨い。やっぱここの酒が一番だな」
濡れたばかりの唇で、酒の中毒で冷たくなった黒糖の唇に接吻する。
「今は四ノ猫なんだろ? お前のことだからどんなに旨い身体になってるか、」
二の句を告げずにいる三毛猫に、今度は絡みつくような深いものを与えた。
「考えると愉しみで仕方なかった」
唇を離すと、互いの透明な液が糸を引いた。
黒糖の恍惚とする表情を見て、やっぱこいつはいいなと思った。
「なあ、木天蓼の効き目はよかっただろ。あの薬師先生に話をつけておいて正解だった」
「それは聞いた……お前のせいで散々だよ……」
隣の猫を押しのけ、脇から黒糖の衣に手を入れた。
「……何すんだよ……帰ってるなんて聞いてねぇぞ」
「知らねーよ、黒糖がいるから顔を見せたんだ。それでいいだろ」
「嘘つけ。どうせついでだろ……」
見なくたって、周りの猫たちの視線を集めていることがわかる。
余所事を気にしないはずの猫たちの、だ。
それが、黒糖の花のにおいがどんなものであるか物語っていた。
「お前ら、その続きは閨でやれ。ここでやられちゃ迷惑だ」
雪花が言う。そういえば挨拶もまだだった。どうせリーネもいねぇし、後でいいか。
「その言葉に甘えさせてもらおう。じゃあこいつは借りてくよ」
「おい、勝手に決めんじゃ」
「好きにしろ。さっさと行け」
雪花/
「おやおやおや」
愉快と言わんばかりの黒木の声だ。
いつもだが、嵐の荒々しさで突然現れた嵐雪は、
竜巻の勢いで黒糖を連れて屋敷の暗がりへと消えた。
「わ、私は用事を思い出したので、少し席を外させてもらいます」
「ああ」
上ずった声は紺のものだ。言い訳が嘘だとすぐわかるようなことを言う。
立ち上がった紺は、酔ってもないのによろめいて、
それでもどうにか持ち直してその場を離れた。
「大丈夫か、紺の奴。知らない仲でもないだろうに」
「相も変わらず黒糖くんは人気者ですね。もてちゃって身体が足りないのでは?」
「今のは嵐雪さんかな。彼の振る舞いは清々しいね。羨ましいくらいだ。
紺さんは、わかりやすいね」
くすっと籠ノ目が笑う。
「黒糖の馬鹿に惚れるのは勝手だが、紺も振り回され過ぎだ」
ぶつくさ言った後、あることに思い当たった。
「羨ましいくらいって、月喰の先生のことか? そっちはどうなんだ」
「あっちはなかなか手強いよ。簡単には自由にできない。
黒糖くんくらい流されやすければいいんだけどね」
「月喰の先生はわれわれには高嶺の花ですよ。ところで、あの方はいらしてないんですか?」
「蜘蛛の先生のことを言っているのか? それなら、誘ったが断られてしまった」
「残念ですねぇ。あの方が来られるなら、お付きの可愛い猫のお相手を、と期待したのですが」
「それがわかっているから来ないのだろう。
薬師先生が来るのなら、黒木を招かないという手もある」
「あんまりな仕打ちですよ。こんなに旨いものがそろった酒宴はなかなかありませんから」
私もそろそろ、と黒木はにやつきながら猫の物色を始めた。
嵐雪/
「らん……ああっ……嵐雪……もっと……っ」
「今日はやけに可愛いな。どれほど俺が恋しかったんだ?
いつもは閨でなんか名を呼ばないくせに。どうした」
「いつもっていつの話だよ……もう何年もほったらかしで……はあ、はぁっ」
「ほったらかしで? 寂しかった?」
別にと言って、ふい、と火照った顔をそらす。
黒糖の着ていた衣をすべて脱がせた後、自分のも脱ぎ捨てた。
前髪が邪魔でかき上げる。黒糖の髪をまとめていた紐も取り払った。伸ばした髪が広がる。
「ずいぶん明るい色に染めてんだな。
荒れてるぜ……黒髪は嫌いか、俺はお前の地の髪も好きだが」
「……そっちはほっといてくれないのか。
嵐雪がそんなこと言うから、お前を思い出すから黒はやめたんだ……思い出したくない」
「へえ、何だそれ。嬉しいじゃねぇか、俺を思い出すって? え?」
「思い出したくないからだっ! ……あぁっ」
「どうせ染めたって、染めた髪を見て思い出すんだろ。嬉しいぜ」
「……っ!」
図星だ。髪にやさしく接吻し、花はぐちゃぐちゃにする。
薬漬けされた飼い猫は神経が鈍化して好かないが、黒糖の具合はなかなかいい。
蜘蛛に被検体を用意したのは正解だった。
身を震わせて鳴く黒糖は、頭がおかしくなるくらい感じているに違いない。
それにしても、こんなに乱れるものなのか? 俺が仕込んだ以上に、いいじゃねぇか。
「今晩はずっと付き合ってやるから。もう拗ねるな。黒糖、すげぇ気持ちいいよ」
反応がすこぶるいいのは、薬のせいばかりでなければいいと思ってみる。
雪花/
「そろそろ隠れ遊びの時間かな。私はお先に失礼しよう」
「そう遠慮せずとも。あなたも遊んで行ったらいかがです」
黒木が籠ノ目の手を引き留める。
「黒木の相手などやめておけ。玄関まで送っていこう」
「悪いね、黒木さん」
「これは残念。ふられてしまいましたか。
それでは、私は目星を付けた猫でも当たりましょうか。紺くんを揶揄うのも一興ですね」
「あんまり紺を苛めてやるなよ」
黒木を残し、私は籠ノ目を見送るために腰を上げた。
「黒糖の評判は上々だよ。予定通り、春先には金の都合もつくだろう」
「雪花さん、化けの皮が剥がれてるよ。そういうのは隠してこそだよ。皮算用もほどほどにね」
「お前には敵わんな。これから気に留めておこう。今後ともよろしく頼むよ」
「こちらこそ頼みますよ。黒糖くんには、よく働いてもらうことにしようか」
玄関先で花名刺を添えた土産を持たせ、黒糖の儲けを胸の内で計算しつつ籠ノ目を見送った。
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