年始-壱 天狗様で螢火に色札判じを受けた黒糖を壱鹿が片す
黒糖/
「どこまで続くんだ、この石段」
「そう怒るな。あと少しだ」
「さっきも同じ台詞を言ったよな。あと少し、あと少しって」
「さあ、そんな昔の話は忘れてしまったよ。それ、歩みが鈍くなってるぞ」
「とぼけやがって~。つか、酒が重てんだよ」
「ああ、そうだろうな。今年の奉納は昨年の二倍ほどにしたからな」
「太っ腹なことだな。こっちの身にもなってみろ」
先頭の雪花は、年端もいかぬ猫の手を引いている。
荷のないためにずいぶん身軽に石段を上っていくから腹が立つ。
色 札 判 じ
イ ロ フ ダ ハ ン ジ
雪花/
「しかし、壱鹿の方はどうだ?」
黒糖と並んで酒を運ぶ壱鹿に話を振った。
背に酒箱を二つ、前にも一つ抱えている。黒糖と同じ量だった。
「これくらい平気だろ。黒糖、お前喧嘩は強いくせに荷運びは苦手か。仕方がない奴だな」
「うるせぇ、馬鹿力」
「口の悪い猫だ。双飛はあんな粗暴な口の利き方をしては駄目だぞ」
「うん」
「つーか、何だその餓鬼は」
「仕込み中の猫だ。今年から表に出そうと思っている。
稚児がよいという者もいるからな。稚児そのものは出せないがそのくくりだ。
どうだ、可愛いだろう」
と頭をなでてやると、双飛はこちらを向いて笑顔をみせる。
橙色の髪に太陽の光が映えて綺麗だ。肌は薄く、夏猫の特徴だ。
「俺にその手の趣味はねぇよ。黒木にでも聞けばいい。適役だろ」
後ろに従って階段を上る黒糖は呆れて言った。
壱鹿/
「そういや、黒糖。お前、何でまた色猫やってんだよ。
前回捕まった時に儲けて返済したんだろ」
気まずい顔をする黒糖は目線をそらした。
「こいつの散財は見物だよ。台所に籠ってばかりの壱鹿にも見せたいものだ」
「はあ? あれ全部使い果たしたのかよ」
「でなきゃここにいるか、馬鹿力」
「相変わらず懲りねぇな」
「まったくだな。そういえば、例の薬を私に勧めたのは嵐雪なのだよ。
お前が散財すると見越して面白い薬があると教えてくれた」
「嵐雪も噛んでたのかよ。くそくそくそ」
「いやぁ、紺のいる前だとなかなか話題にできなくてな。困ったものだ」
と雪花はカラカラ笑う。そんな風に笑うなら別に困ってなどいないな。
裏方の紺が黒糖を好きなのは知っている。昔からだ。
ただ、雪花が企てた薬の話は大っぴらでないから興味を持った。
裏で動いている紺も、それほど詳しい事は知らないようだった。
「ふーん。で、薬っていつもとどう違うんだ? いいのか?」
「お前もいい加減うるせぇよ。ちょっと過敏になるだけだ」
「へー……」
黒糖/
「何だよ」
こちらをまじまじ見る壱鹿に突っかかる。
「どうなのかな、と」
「は?」
腰をやや屈め、顔を突き出したかと思えば、ざらりとした舌で首筋を舐められた。
「……っ!」
手に込めていた力が一瞬抜けたが、慌てて酒箱を抱え込んだ。
一気に体温が上がるのがわかる。
「おーおー。その顔、色めいてんな」
「ふざけんな! 舌は卑怯だろ。酒、落とすとこだったじゃねぇか!」
「ああ、落としでもしたら黒糖にツケておくよ。上等な酒だから高くつくぞ。
そうなると返済がどんどん遠のくのだろうな」
ようやく石段の上まで辿り着いた雪花が振り向いて言葉を投げ掛ける。笑っている。
「くっそ~」
狸の下で色猫を始めた頃からの付き合いだ。昔馴染の奴らは容赦がない。
雪花/
朱色の鳥居をくぐり抜けると、立派な社が見えてくる。
早く荷を降ろしたいばかりの黒糖は早足で、先頭にいた私と相前後する。
社へ続く石畳を進み、登ってきた石段の分だけ空気が清々しいと感じる。
いつの間にか山伏じみた格好の者がついてきていることに気づく。
「何だ、あいつは」
黒糖がいち早く気づき肩越しに目を遣った。こういう事にはよく気がつく。
不穏な影のように、いつもどこからともなく現れる。
その瞬間を見てやりたいと思うのだが、残念ながら今年もその瞬間を見ることができなかった。
「あれが色札判じの狸だ。気にしなくていい」
そう言って肩を小突いてやる。
ここ数年、新しく色猫になった者を天狗詣に連れて行く倣いにしている。
天狗様に御挨拶をし、舗の繁盛を願う酒の奉納。それと同時に色札の番付けをする。
ここで番が上がれば格上げしてよし、番が下がればそれも面白い。
さて、あの狸が黒糖を何と判じるのか愉しみだ。
壱鹿/
天狗様を祀った本殿で年始の挨拶をし、酒を納めて商売繁盛を祈念する。
その後で色札判じだ。
儀式だとかそういうものに不得手な俺は、
今まで年始の宴会準備を言い訳に紺に押し付けてきた。
だが、今年は紺が調子を狂わせてるし、酒の数も多くしたから初めて付き合う。
しばらく待たされてるのは、別室で先に双飛の番付けをしているからだ。
そろそろまだかと思う頃に脇の戸からさっきの狸が現れた。
顔に、荒々しい文字で狸と書かれた和紙を貼り付けている。
わかっていても薄気味悪い。
和紙に隠れて顔は見えず、雄狸のはずだが中性的なために雌雄がはっきりしない。
雪花は奴を気に入って閨にも呼んでいるようだが、よくやるぜ。
目の前に立った狸は俺を見上げて、
まずこうこうするので後はこうこうしてくださいとおどおど言った。
鈴のような可憐な声は悪くない。
待ちくたびれて飽きてしまっている黒糖に目を遣った。
次に狸は黒糖と向き合った。
黒糖/
新しく入った色猫には、天狗様で色札の番付けをするらしい。
どうせ俺は春猫なんだから黒ノ四しかありえねぇのに。
そんなものは口実で、単に力仕事に数えられたんじゃないかと思う。
しかも、気に食わないことに、俺だけ目隠しをされての待ちぼうけだ。
壱鹿の気配もあるが全然しゃべりもしねぇし。
お前は立ってるだけでいい、と雪花に言われていたが、待ち長いので胡坐をかいていた。
部屋の脇から何者かが入ってくると、躊躇いがちに立つように言った。
立ち上がってみると、今度はずっと下の方から声が聞こえた。
「失礼します……」
声は震わせた鈴のようだ。
腰の紐を解かれる感触がした後、衣の裾を広げられ、冷気にさらされた。
小さな舌が俺の花につと触れた。
そこからは遠慮の気配は消え、舐め上げる感覚に身体が震える。
猫とも狐とも違う舌ざわりだ。
小さな熱源に花を暴露される。蜜が溢れ出す。
遠慮のなさはそれに留まらず、後孔に指が侵入した。
もっと後ろで息を詰めた壱鹿の気配がした。
壱鹿/
例の不気味な狸は、花を中途に投げ出したまま退出した。
報告は後に、と。
ぎこちない言葉と無遠慮な行動がちぐはぐだった。
どうやら色札判じは終わったようだった。
これでか? と問わずにいられない。どう見ても半端だ。
とろけた蜜花にはもう興味がないらしく、これが猫と狸との感覚の違いなのか、
と妙に感心する。
「こいつは……」
まず僕が色を判じるので後はあなたが始末をつけてください。
この始末のために同行したんだ。これが俺の頼まれ事だ。
黒糖はつらそうに喘いでいる。
その蜜の滴りをみて唾を引く。
狸が巧いのか黒糖が旨いのか、俺は判じかねた。
どこまでやったものか。
雪花/
「誰がここまでしろと言った」
「すまん、どうにも我慢できなくてな。悪い悪い」
「壱鹿……てめぇ……」
口ではそういうが、目の前の赤猫は別段悪いことをしたと思っていない。
据わりの悪さは感じているようだが、それは当然だろう。
「何のために壱鹿に世話を頼んだと思ってるんだ。紺だと手に負えないからだろう。
それだというのにお前ときたら。腰が立たないじゃないか」
目隠しをしたまま着衣が乱れている。花もそうだ。黒糖の腰は砕けてしまっている。
私の後ろに隠れている双飛がじっと見ているがこれも勉強の内だ。
「これじゃあ立ち上がれないだろう。帰りはお前がおぶってやれ」
「帰りも荷物か。こりゃやられたな。猫に自制心を求められても困るってもんだ」
などと笑うので、来年はやはり壱鹿には舗に残ってもらおうと思った。
「まあまあ、いいだろ。で、色札の結果はどうだった?」
「上々だ。黒糖の評価は黒ノ四。薬で誘発されたものであっても、狸は春猫と判断したようだ」
「ははは、そりゃあよかった」
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