年末-伍 大浴場にて雪花は黒糖にかけられた薬の効き目を知る


黒糖/

もやもやと白い湯気が立ち込めている。

風呂枠に背を預け、身体を湯に浸けた。

ちょうどいい湯加減だ。

肌あたりはやわらかく、とろりと身体に纏わりつく。

纏わりつくと思って、うろ覚えのあの晩のようなねっとりした嫌な感じはない。

湯気でぼやけた灯りのせいで湯はやさしげだ。

大浴場は檜の香りが漂い、俺のにおいをかき消してくれる気がして心も安まる。

毎日毎日こんな風呂に浸かれるのは幸せだが、ともに浸かる相手が雪花じゃあ面白くなかった。

行 水 遊 び

  ギ ョ ウ ズ イ ア ソ ビ

雪花/

「黒糖。お前、昨晩はどうだった」

大浴場で声を響かせて問う。

広い湯船の端と端にいた。

湯気は飽和しきって細かい雨のようだ。

それは火照った身体に降りそそぐ。

「まあ、な。酒を浴びるように呑んで最高」

「ふん。そっちじゃない、紫藤様のお相手はどうだったと聞いているのだよ」

「あんまり覚えてねぇ。嘘じゃねぇって、朦朧として……抱かれたことは覚えてるけどよ」

「いいだろう、紫藤様はご満悦の様子だったよ。

あれならまたすぐご指名だ。上客だ、客がついてよかったな。

やっぱり抱かれたか……」

ぷっとふき出す。

「笑うんじゃねぇよ。そういうの選んで寄こしてんだろ……初っ端からあんな変わった猫」

「どう変わっていたんだ? 言ってみろ」

「言うかよ」

黒糖/

「何にしろいい踏み出しだ。紫籐様は四ノ猫を広めて回るだろう。幸先はいい」

それだけ言って雪花は黙った。

雪花はだいたいいつもべらべら話してばかりと思っていたのだが。

まあ、風呂でおしゃべりもないか。

そう思いつつも訝しんで視線を遣ると、ゆらめく湯気の幕越しに目が合った。

「何だ、不満か。もの欲しそうな顔をしているぞ。

紫籐様の相手はこちらが十分に満たされるものではない。

ご褒美でもやろうか、四ノ猫はつらいな。こっちへ来い」

お前が来いよ、と思うが、身体は期待してしまう。

そわそわして決めかねたが、結局は自分から雪花のそばへ行った。

「嫌に素直だな」

睨みはするが、抱き寄せられて雪花の愛撫に身を任せる。

紺と……の時もそうだったが、

ここで暮らすようになって雪花の言葉には妙に逆らえないものを感じていた。

発情期のせいなのか、身体が思うようにならないと感じる時がある。

雪花/

「どうだ、気持ちがいいだろう。我慢などするものじゃない。出してしまえ」

黒糖が気づいているか知らないが、

薬の作用で信じがたいほどの快感が全身を巡っているのだろう。

声を出さないように手で口を押さえているが、我慢は難しいはずだ。

「気持ちよくなんか……っ」

「どうしたんだ。最後まで聞こえないぞ」

両脚の間に黒糖を押さえ込んで動きを封じた状態で、感じるところをこする。

とぼけたふりをしたが、透き通った湯の下ではすべてが明るみだ。

黒糖の欲望の在り処が手に取るようにわかる。

もっと翻弄してやろうと、首筋に唇を当てるだけに留め、咬んではやらない。

黒糖は逃れようとするが力は弱く、言葉による拘束はしっかり効いているようだ。

思い通りにいかず歯がゆいだろう。

こちらとしては、もがく様子が堪らなく可笑しい。昔から可愛い奴だ。

黒糖/

雪花の腕の中でもがくが、この狐は一向に止める気配を見せない。

心地よく馴染んでいたはずの湯は、潤滑油の役目を果たすことに今更ながら気づいた。

雪花のことだ、風呂だってこだわってるに決まってる。

片手の動きに気を取られていると、もう片方の手で顎を捕らえ口を開かされた。

口の中に指が入ってくる。

何とか身体をよじるが徒労に終わる。

「どうして欲しい? したいことはし尽くしてしまったからな。

黒糖はどういうのが好きなんだ」

何だ、その理由は。わざわざ言ってくるところに腹が立つ。

だが、耳元で囁かれた声は思いの外甘い。

指先の侵入もなぜだか気が高ぶる。

そう思う自分に焦りつつも、絡みつく湯の中で抵抗した。

ぞくぞくした耳ざわり。力が抜けていく。

上位に立つ傾向にある雪花を指名する客は、

やはり下位に悦んで応じるのだろうかと考えてしまった。

銀色がかった白い髪はしっとりと濡れている。

湯気の中で紅色の眼が見据える様に束の間、見惚れた。

雪花/

「ああ、もう……限か、い……だ」

ある境地に至って、手を出す前に黒糖は小さな悲鳴を上げた。

そして……

出してしまえと言うには言ったが、本当に絶頂に達してしまった。

何とか堪えると思っていたがやり過ぎたか。湯の中のものを見て思う。

黒糖は力尽きてくたっとしている。花も、だ。

「大丈夫か?」

もう一度言葉を掛ける。

「大丈夫な、訳ある……か。雪花……してくれ」

吐息とともに耳打ちされた言葉に、花がうずうずする。

正直なところ、こちらの限界も近づいていたので、黒糖の望みに応えることにした。

黒糖/

「あの薬師くすし先生もよくやってくれる」

雪花の声が耳元で聞こえる。

声ははっきりしているが、話の繋がりがよくわからなかった。

薬師? 何だって薬師が出てくる。発情期……ああ、それか。薬かよ。

最近こういうことが多いな、とぼんやり思った。

ふわふわといい気分になって、何もかもどうでもよくなっていた。

身体がびくんびくんする。腰が浮いてどうやっても駄目だ。

風呂枠にしがみついて、雪花のものを受け止める。

出してくれ、なんてよく言ったよ。

だって、ずるいだろ、俺だけ……こんな姿になるのも、気持ちよくなるのも。

雪花/

黒糖の変化に呆れながらも、風呂の底に沈まぬよう身体を支えた。

「この様子だと、相当な量の木天蓼またたびを入れたな」

溺れそうになってしがみついてくる黒糖は少し、いや、かなり色っぽい。

「本当に元に戻るんだろうな……このままでも悪い気はしないが」

黒糖は俄然、素材がよいのだ。

小難しいことを考えないのもいい。

当人はまるで気づいていないが、発情期と相まって格別も格別。

娼館の主である私ですらこうやって手を出してしまうほどだ。

風呂場でちょっと揶揄っただけなのだが。

このまま手離すには惜しく、結局は閨へ連れ込んで一晩愉しむことになった。

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