年末-肆 この度初めて黒糖が上客の紫籐に色猫買いをされる
黒糖/
「四ノ猫というのは確かだろうね」
「ええ、私が保証致します。紫藤様、事前に確かめてはいかがですか。
ほんの味見ですよ。甘い白檀のにおいが感じられることでしょう」
「構わない。確認などしなくとも、どうせ間もなくわかることだからな。
冬の最中に四ノ猫を見つけてくるとは驚きだ。四ノ猫でなければそれはそれ。
摩夷夏の主人に借りをこしらえるのは、自慢になるだろう」
「ああ、お人が悪い。せっかく紫籐様のためにと、いの一番にご用意させていただいたのに。
しかしながら、この度のご指名に感謝しています。きっとご満足いただけることでしょう」
目の前の二人は俺を蚊帳の外に好き勝手に話を進めている。
着古した衣は脱がされ、風呂に入れられ、派手な紅色を着せられた。
これで俺も色猫だ。色を売る猫。男娼の猫。
それにしても、色猫買いをするこの御座敷猫は確かに金払いがよさそうだ。
花 を 散 ら す
ハ ナ ヲ チ ラ ス
雪花/
「長居は無用ですから私はこれで退出致しましょう。
摩夷夏でのひと時をごゆるりとお愉しみくださいませ、紫籐様」
手短なやりとりをして、私は席を立った。
今晩の客は大切なお得意様だ。
礼を尽くし、豪奢な閨に旨い酒と食べ物を用意する。当然、旨い猫も。
気前のいい紫籐様だ。
上客よ上客。手離したくない金ヅルともいう。
知らせを入れて今晩とは、近頃は好みの猫が見当たらず焦れているとは聞いていた。
御座敷で気に入っていた花烏を逃がしてしまったとも。
だが性急なことだ。よい猫は我先にと喰いたくて仕方ないのだろう。
紫藤様の性癖はともかくも、器の大きなふりをしてみせても気が短いのは隠せない。
苛立つ前に話を切り上げる必要があった。
だが、黒糖のことは気に入るだろう。紫藤様好みの猫だ。
紫藤/
「さあ、始めようか」
自分の花ににおいを被せながら言った。確かに白檀のにおいがする。
まずは四ノ猫の唇を味わう。
酒を呑ませ、注いで注いで、息つく間も与えず味わう。
猫が私の手で酔っ払い、正体を失う様を見るのが好きだった。
ザルでは駄目だ。ほどほどに強く、呑めないことを恥じるような愚かな奴がいい。
この三毛猫は後先考えず呑むようだった。
呑みっぷりが面白い。見ていて気持ちがいい。
唇を味わう以外はまだ手を出さないでいた。
口移しに流し込んだものが四ノ猫の口の端から伝い落ちるので、それを舐めとる。
「酔いが回るまでは遊びだ。お前はずいぶん強いと聞いた。愉しませてもらおうか」
黒糖/
一方的に話し、酒をどんどん呑ませ、唇を味わう。
それが紫籐のやり方だった。
唇に飢えているのか、飽きもせず何度も何度も。
舌を入れては噛む素振りをしたり絡めたりする。
酒ばかりで何しにきたんだと思うが、浴びるほど酒が呑めて俺は満たされた。
話のもてなしを求めてこないので楽だが、花が満たされない。
いつだ、いつだ。
手を出してこないのが気味悪くなってきた頃、ようやく花に手が伸びた。
そうかと思うと引っ込める。
快の波が寄せては遠のく。遠のけばその波は不快に変わる。
お上品な御身分である反面、やることに粘質さを感じ、不快さが芽生えた。
その内に身体に力が入らなくなっていた。
快も不快も不明瞭になり終いには意識が遠のいた。
紫藤/
「酔いが回ってきたようだね。
普段より酒を多く入れて具合をみたがなかなか。
思いの外時間が掛かってしまった。確かに酒に強いようだ。
見かけによらず強かだな、君は。四ノ猫にしてはよく持ったものだ……」
自分にも発情期の経験はあるから、調子が狂ってすぐ酔っ払った状態になるのを知っている。
腕の中の四ノ猫は酔いに酔い、身体は薄紅色に蒸気していた。
当然、特定の部分も具合がよくなって、あえて触れて確かめる。
こんなに蜜を溢れさせて、行儀の悪いことだ。
いい、いい、それがいい。
冬にこうであるのも、何か悪さでもしたのだろうかと考える。
天狗様の罰だとかそんな名目で、妙な薬が流行ったことを思い出した。昔の話だ。
相手の意識を取り払い、それでようやく抱くことにする。
黒糖/
今更抵抗しようがないものを、首筋をしっかり咬まれた。
首筋を咬まれてしまえば、相手に従わざるを得ない。
種の決まり事であるそれが決まれば、いよいよあらがうことはできなくなる。
敵わない、と本能に響く。
だが泥酔状態の俺に対して慎重過ぎる。
紫籐の器も知れたものだと思うと可笑しくてたまらない。
それでも気持ちがよくなってきた俺は、花から蜜を滴らせ、ただただ抱かれていた。
これでようやく花が満たされる。
そう思うと雪花の嫌な笑い声が聞こえてきて腹が立った。
ぼんやりした意識の中で、紫籐の満足気な吐息とカラカラとした笑い声が重なった。
雪花/
紫藤様は意識も体力もなくなった猫を抱くのが好きだという。
自由を奪った気がしていいと言うが、よくはわからない。
抜け殻のようなものを相手にして何がいいんだか。
つまらんとしか思えないが、紫藤様に言わせれば、この上もないらしい。
変わった御座敷猫だ。
黒糖には悪いが、四ノ猫に飛びついた紫藤様には盛大に金を落としてもらおう。
きっと黒糖の常連客になってくれるだろう。
酒がたらふく呑めるというおまけも付いている。
黒糖としても悪い話ばかりではない。
紫藤/
「紫藤様、ご満足していただけたでしょうか? 四ノ猫とはよいものでしょう」
「どうだろうか。四ノ猫といえども大したものではないな。
ずぶずぶに酔った様はだらしがないし、行儀が悪くていけない」
見送りのために現れた摩夷夏の主人に軽く手を振る。
雪花ではつまらない。
一度抱いてみたが、酔いもしないのではまるで面白くない。上品ぶるのも。
けれども、黒糖とかいうあの三毛猫には満足していた。
白檀のにおいもよく、蜜の感じも好みだった。
呑みっぷりが一番か。黒糖の行儀の悪さは不快さがなく色情を誘う。
「この季節に四ノ猫は珍奇ですから、これから人気も出るでしょう。
春は遠いようで瞬く間にやって来て過ぎ去るというものです。
可愛がってあげてください……」
雪花はにたりと笑った。商売上手の狐め。
「まあ、気が向けばまた来よう」
抱いたばかりだというのに、もう花がうずく。
ああ、四ノ猫の状態はいつまで保つだろうか。
近い内にまた来るとしよう。
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