年末-参 雪花は黒糖に娼館・摩夷夏で働くことを約束させる


紺/

「雪花さんに会ってもらいます。ご案内しますのでこちらへ」

深色に染めた紺地にやわらかな白い文様。

毛色と同じ色の着物が、私のいつもの格好だった。摩夷夏での仕事着だ。

「黒糖さん」

文句も言わず大人しくしているので、ちゃんとついてきているのか振り返る。

そこには不機嫌な顔しかなく、苦笑するしかない。

どちらかというと不貞腐れているのか。

何にしろ、私は嬉しくて心が躍った。黒糖さんがここにいるなんて。

この状況で舗の主に会うのは嫌だろうが、構うことなく奥の部屋へ連れていった。

摩 夷 夏 の 主

  マ イ カ ノ ア ル ジ

黒糖/

「今回はたやすく捕まったものだな。

期日の次の日に酔っ払ってねぐらにいるようじゃあ、捕まえてくださいと言っているものだ」

銀色がかった白い髪が顔半分にかかって片目が隠れている。

見えている方は切れ長で紅色の眼。

面構えは男前の部類だ。猫以上に狸好みの身体だとか。

真冬なのに薄手の着物に身を包んでいるせいで、身体の線や筋肉のつき方がよくわかる。

長ったらしい脚を組み、その膝の上で軽く手を絡め、笑みを浮かべている。

堂々としていると言えば聞こえはいいが、偉そうにしていかにも高慢だ。

紅と白。そして、輝く毛艶の狐は、この娼館・摩夷夏の主だ。

雪花/

「発情期らしいな」

ついつい声に笑いを含ませてしまう。

「そう恐い顔をするんじゃない。睨むな睨むな。

以前と同じ『猫』の仕事をこなせばいい。それだけの話だろう。

余所よりここで働くに越したことはない。お前は身体を持て余しているのだろう?

四ノ猫よ、春猫よ。その看板でうんと稼げるはずだ」

四ノ猫は発情している猫の呼び名だ。ふつうは春が発情期であるため春猫ともいう。

などと考えてしまうのは黒糖の状態が可笑しくて仕方がないからだった。

「お前は抱いて抱いて抱きまくれば、

高ぶった気が休まるわ、金が集まるわで借金を帳消しできる。

色猫の話は互いに悪い話じゃあないだろう」

「互いに? は? 抱くより抱かれてりゃ世話はねぇ」

「役どころがよくわかっているじゃないか」

そう言うと、私は目の前で突っ立ったままの黒糖の手をつかんだ。

娼館と一口に言っても、摩夷夏は雄を相手にするのが大半だ。

抱くか抱かれるかは客次第。

紺/

「まあ、無一文のお前が意見する権利などないさ。

だが、愉しんでくれるなら私の気も楽というものだ。良心が傷つかずに済む」

雪花さんは躊躇うことなく黒糖さんの着衣に手をかける。

「なぁにが良心だ。お前に良心なんてもんがあるとは知らなかったよ。

金儲けしか頭にねぇだろ」

吐き捨てる態度だが本気で言ってる風にみえない。投げやりではある。

扉口に立つ私は、二人のやりとりを目で追うことしかできない。

この部屋は色猫の見立てに使っている部屋だ。

客は色札をみて色猫を買う。色札には猫の毛色と格を表す数字が書かれている。

その色札の判定を見立てといって、新しくやって来た猫の判定をするのだ。

だいたいは壱鹿さんか私が立ち会う。

「発情期と言えば、」

「何だ」

「お前、この時期にか?」

苦虫を噛み潰した顔をする黒糖さんへの返答は、カラカラとした小気味よい笑い声だった。

黒糖/

「春でもないのに発情とは螺子が飛んでいる。さすが、嵐雪が見込んだだけある」

「今が冬だってことはわかってる。嵐雪のいかれた野郎と一緒にするんじゃねぇ。

とぼけやがって、黒木が一枚噛んでんだろ。あの変態猫」

「あの黒猫の身体はよかっただろう。常時雇われてくれないのが惜しい」

「身体がどうこういう話はしたくねぇな。何だ、あれ。変な術を使いやがってよ」

くくく、と咽喉の奥で雪花は笑った。

いつの間にか、着ている衣の紐が解かれていた。

「冬の間だ。よぉく働いてもらうぞ。それまでに借りた金くらい稼げるだろう。

箔が付くのはそれまでだ。春になってしまえば四ノ猫ならその辺いくらでもいる」

「冬の間……春までか。いいぜ、稼いでやろうじゃねぇか」

「いい心意気だ。春までの辛抱だ。あっという間だろう?

事が済めばちゃんと発情期は解いてやる。約束だ」

雪花/

「話はもういいだろう。

では、この私の手で確かに発情期か、黒ノ四に見合うかどうかみてやろう」

黒糖を洋物の長椅子に寝かせ、解いた紐を両手で広げた。

「くそ、さっさと済ませてくれ」

「物わかりがよくて助かるよ。いただくか……」

半端に脱げた衣がそれなりの雰囲気を演出している。

口が悪くて耳が痛いが、発情期でなくても黒糖の身体はいいものだ。

ただ、味わっていくと、黒糖がいいのか冬の春猫がいいのかわからなくなる。

だが、すごくいい。

「そろそろ花も味わうとしよう」

すぐには目的へは向かわず、あばら骨に沿って手を這わせる。

それにしても、さっきから黒糖の身の細さに目が留まる。

「また痩せたんじゃないのか。ちゃんと食ってんのか」

「余計なお世話だ。しゃべってねぇでさっさと済ませろって」

紺/

背後で扉を叩く音がした。

「失礼します……紺さん! あ、え?」

「甲斐か、どうしたのですか」

入ってきた若い猫はこちらを見るが、向こうの長椅子にちらちら目がいく。

気になるのは、まあ、そうだろう。

「すんません、お取り込み中に。新しい猫っすか」

「そうだよ。色猫の経験者ではあるし年上だが、面倒をみてやってくれ」

「はい! 任せてください。見立ての途中と思いましたが、決まったんすね。

でもあの猫、変じゃないっすか?

においが……あ、それはどうでもいい話で、籠ノ目カゴノメの主人がみえてます。

応接間にお通ししていますが、雪花さんの意向を伺おうと思いまして」

「あー……そうですね、わかりました。私から雪花さんに伝えるので、甲斐は下がりなさい」

「わかりました。では失礼しました」

伝えると言ったものの、二人の間に入っていくのに気が進むはずもなかった。

黒糖/

「あぁ……あっ、ん……っ」

頭が変になりそうだ。身体は、あの晩からずっと変な調子だ。

雪花の手が目的に近づき、いよいよという時に紺が耳打ちした。

解放されると思ったが、耳打ちされた雪花は人の悪い笑みを浮かべた。

「来客だ、籠ノ目だよ。大事な商売仲間だから、私は先方の相手をしてこよう」

「はあっ! 何言ってんだっ!」

雪花が焦らすものだから花の確認はまだだった。

至るところを散々攻められ、身体は十分に出来上がっている。こんなままで。

「こんなままで待たすつもりかよ……っ!」

「自業自得だろう。お前が籠ノ目にツケている金は、私が代わりに払っておく。

少し話をするだけだ。ほんの少し、ほんの一刻ほど」

待っていろ、とここぞとばかりに特定の部分をなで回して手が離れた。

溜まらず喘ぐ。

「嘘だろ……」

「後で存分に可愛がってやる。

紺は残していかないからな。勝手をされては愉しみがなくなる」

そうして、雪花は紺まで連れて出ていき、無情にも扉は閉められた。

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