年末-弐 借金の代替案を持ってきた紺は黒糖の発情期を認める


紺/

「黒糖さん、黒糖さん、いるのですか? 入りますよ」

いてもいなくても返事はないのだから、とため息をつく。

三毛猫のねぐらを訪ねてやってきた。

鍵が掛かっていないことも、何度か訪問して知っている。

不用心さを嘆くがどうしようもないことだった。

もう一度、形だけの断りを入れると、私は部屋の中へ踏み込んだ。

四 ノ 猫

  シ ノ ネ コ

黒糖/

「勝手に上がらせてもらいました」

低い声がした。

昨晩のふざけた黒猫と違って、落ち着き払った声だった。

目を開けなくてもその声色から誰だか知れた。

こんな時に来るのか。呪わしい気分だ。

やはりいつもの背広という奴を着ているのだろう。裏方も裏方の時の格好だ。

「本当にこの人は……返済期日は昨日ですよ。ちゃんと覚えているのですか」

こいつの名前は紺という。

取立て屋だ。

紺/

「そんなところで寝てないで、とにかく起きてください」

ため息まじりに、足元の黒糖さんに目を遣った。

乱れた格好で硬く冷たい床に寝そべっている。

ただ乱れているのでなく、明らかに事を終えた後だった。

黒木さんが動いていることは聞いていたので、こうなると踏んでいたが、

実際そうなった姿を目にすると苦い思いが募る。

身体の至るところに紅色の斑点が浮かぶ様は淫らで、特有の匂いも残っている。

だが、それとは違った甘いにおいが花をくすぐった。

これは白檀のにおいだ。

あの話は、本当なのだろうか。

黒糖/

頭が痛い。身体がだるい。熱っぽい。

返事をする気も、身体を起こす気力もなく、ひんやりした床に頬をつけたままでいた。

紺、と口の中で名前を呼んだ。

身体が変に硬くなって動きたくないし、紺の呆れた顔も見たくなかった。

最後に会ったのは金を借りた時だった。

こいつの雇い主の狐はみせをやっていて、紺はそこを回す役をしている。

表はそれで、裏では金貸しも手伝う。

金勘定の得意な狐はいつでも気前よく大金を貸してくれる。回収はこいつの役目だ。

借りた金は用意できていない。

元手も消えてしまった。昨日の賭博で大赤字だ。

その後で酒をあおったのは、大赤字に赤字を足しても変わりはしないからだ。

身体がこんな具合じゃあ逃げることもできず、どうしたものかと回らない頭で考えた。

紺/

「黒糖さん、用意ができていないのはわかっています。

昔から知っているあなたに乱暴はしたくありません。

話を持ってきましたから、起きてください」

取り立てに来たというのにお構いなしに眠ったままだ。

野良猫の特性で、眠りは浅いから聞こえているはずだ。

身体を抱えて引きずり、壁に背を預けて座らせる。

肩をゆすると薄く瞼を開いた。

そうかと思うと、透き通った飴色の眼に戦慄が走るのを見た。

呻き声を上げ、弾むように身体を震わせると、顔を赤くして両手である部分を押さえる。

「どうしたのですか?」

酒が残っていることも匂いでわかっていたから、急に動いて心配になる。

大丈夫ですか、と言おうとして近づいた身体はそこで固まった。

強く立ち昇った甘いにおいが、再び私の花を突いた。

出どころの三毛猫は、すぐ目の前だ。

黒糖/

「何で、こん、な……急に……! ……っ!」

前触れもなく身体が震えた。びくん、と身体が跳ね上がる。

次にはくらくらして、支えが欲しくて紺にしがみつく。

「……」

しがみついたはいいが、接した身体にむらむらする。何でだ。

しかも、年下のくせに俺よりたっぱも肩幅もある紺の身体は……抱き心地がよかった。

「悪、い……紺……あっ……」

息を荒げて、どう見たって興奮している俺は、呆然とする紺の目にどう映っているのか。

「まさか。本当に、発情期……なのですか?」

本当に、ってどういう意味だ。

紺は、何かを確かめるかのように、押さえていた部分に手を伸ばした。

そして、そこをなでるものだから、問い詰めることもできず……俺は、弾けた。

「……ああぁっ!!」

ゆるんだ口から自分のものとは思えない甲高い声が漏れた。

「間違いありませんね。発情期、ですか」

白いものが溢れて、紺の手をいやらしく汚していた。

体力を奪われ再び重くなった瞼の裏に、それが焼き付いた。

紺/

雪花さんが言っていたのはこれだったのか、と心の内で思う。

舗の主は、薬で発情期を誘発させると言っていた。

冬の最中に四ノ猫にするなんて、雪花さんが好きそうな話だ。

とても賛同できないやり方と思ったのだが、

自分にしがみついてきた姿は……もう……何というのだろうか、愛おしくて……

黒糖さんの姿を思い出して顔を赤らめる。愛おしくて、可愛い。

半眼でこちらを見る本人を前にしてどうかと思うが、思い出してしまうのだから仕方ない。

ともかく。

「どうせ借金は払えないのでしょう? それなら『猫』になってもらいます」

「お前も猫だろ」

仰向けになった体勢で顔を背ける。批判的なもの言いだった。当然だ。

続け様に文句も言うが、こんな情欲を誘う姿では文句もへったくれもない。

「私が言っているのは色猫です。摩夷夏マイカの仕事ですよ」

「あー、またいつかのか。雪花の舗で働けってか」

「あなたはそれ以外で稼がないでしょう。

それに、今回は『猫』になった方がずっと楽に決まっています」

そう言って、意図して再びある部分に触れた。

明らかに様子を乱し、同時に今までになく強く甘いにおいがした。

抑え難い衝動が突き上がり、黒糖さんの呼吸を捕らえるともう離せなくなった。

黒糖/

「今日のところは帰らせていただきます。

話は承諾ということで。結局は、あなたに選択肢はありませんので」

「そうかよ、よーくわかりましたよ。乱暴はしたくありません、って何だったんだ」

落ち着いたようにみえて、今も危なっかしい身体で息を吐き出す。

「やっぱり聞こえていたんですね。こんなことがありますから今後はお気をつけて。

鍵を掛けないのは不用心ですよ」

「どの口が。てめぇ、覚えて」

最後まで言わせてくれなかった。

「この口です……」

紺は顔を歪めて、俺の口に舌をねじ込んだ。

そうして中をじっくり味わった後で、ゆっくり離れていった。

駄目だ、気持ちいい……こいつを返したくない。

別に乱暴だとか本気で思ってる訳じゃない。

発情期ってのが本当なら、においに当てられた奴はもっと酷いことをするのを知っている。

「あなたが悪いんですよ。そんなにおいをさせて、私にだって抑えられないものがあるんです」

「へぇ、そりゃ厄介だな」

「他人事ではないでしょう。あなたの方がより厄介な状況なのですよ」

引き留めたい気持ちの一方で、紺にされるがままは癪に障る。

だから、俺は紺を引き止めることはしなかった。

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