年末-拾 大晦日に風邪を引いて倒れた紺を黒糖なりに慰安する
紺/
「紺、こーん」
冬の冷え切った夜気の中で声が聞こえた。
月はなく、火鉢の灯りが障子に影を映し出しているはずだ。
その声が誰のものかわかって、たやすく嬉しくなる自分に呆れる。
目を開け、みじろぎした。返事をしたがくぐもった声しか出なかった。
「紺、入るぞ」
障子が開けられると、現れた人物は盃と蕎麦を盆に乗せて入ってきた。
意識ははっきりしていたが、どうにも声が出ない。
晦 日 の 鐘 の 音
ミ ソ カ ノ カ ネ ノ ネ
黒糖/
「身体の具合はどうだ?」
「……まだ少し」
「いい、寝てろよ」
上体を起こそうとする紺を止める。声がかすれている。
「いいんです。少し、身体がだるいだけですから……熱も下がりました。
空腹ではあるんですが食欲はあまり……」
言葉の尻に咳をつけて、紺はひと呼吸分だけ瞼を閉じた。つらそうだ。
同時に、白い首筋を細い汗の滴が伝った。
紺に気づかれないように、俺はこっそり咽喉を鳴らした。
今の紺は情欲を煽る。
紺/
「これは酒じゃねぇからな。薬だとよ。ちゃんと飲むんだな」
火鉢の炭を取替えた後、そばに座って胡坐をかいた。
用が済んだらすぐに出て行くものと思っていたがそうではなかった。
「……ええ、ではいただきましょうか。今日はやさ……しいのですね」
口にした言葉はむせてかすれた。最後の言葉は黒糖さんに聞こえただろうか。
「何言ってんだ、いつもと変わらねぇよ」
少し間を置いて黒糖さんは答えた。
盆の上の盃には蛇の図柄が描かれていた。
よりによってその盃を選ぶとは。図柄の意味がわかっているのか。
期待しそうになるが、おそらく意味もよく知らないで使っているのだろう。
盃を受け取って飲み干す。返そうとしたがそれはかなわなかった。
「……黒糖さん?」
黒糖/
風邪を引いて倒れたことを知って、俺が参ってしまったのかもしれなかった。
ここのところ様子のおかしい紺が迷惑であったが嫌ではなかった。
今になってこんな気持ちが湧くのは馬鹿馬鹿しい。
桃花に暴かれた訳でもなかったが、紺をどうしたいかなんてわからないのだ。
「……紺」
空の盃は布団の上へ落下し、転がって視界から消えた。
紺の顔しか見えない。弱ってるくせに、気持ちいいって顔をしている。
こいつ怖いか? 取り立ての時だって、いつも俺には。
「椿のに……おいがしますね。黒糖さんの、におい……」
「そんな声でしゃべるな。まだ熱いぜ、ほんとに熱下がってんだろうな」
そう言って再び唇を重ねた。
「駄目ですよ。風邪の虫でも移さ……れたいのですか」
「生意気言うんじゃねぇよ。自制心もないくせに。
勝手に変になった挙句に体調崩しやがって、困るんだよ……」
言いながら、拒むくせに嬉しい態度を隠しきれない紺の上に覆い被さった。
紺/
「本当に、今……日はやさしいのですね。変です……よ」
「うるせぇな、いつも通りって言ってんだろ」
敷かれていた布団は二人の汗を吸って重くなり、その上で絡まる猫もまた深く沈んでゆく。
黒糖さんの声は腰の辺りでしている。黒糖さんからみれば、私の声もそうなのだが。
「それにしても変な声だな。ははっ、咽喉をやられてんだろ……あ……はぁっ」
「ん、あっ……いつも通りだなんて嘘……じゃないですか。
だってこんな、黒糖さんから……んんっ」
蜜の甘いにおいが交じり合い、互いの花は早くもとろけてしまう。
「蛇の絵」
「え」
まさか黒糖さんの口からその言葉が出るとは思わなかった。
「今日はそのつもりで来たんだ。蛇のような遊びをしようぜ。
絡まり合って、やらしくて、うんと気持ちのいい……」
黒糖さんは一体どんな顔で言っているのか。
見たかったが、私の視界は尻で塞がれている。
その尻ですら愛しくなって、わしづかみにして自分の指を食い込ませた。
黒糖/
「はぁ、はぁ……んっ……あっ」
喘ぐ紺の首筋を甘く咬んでやった。
背面からは、情欲をそそる白い首筋が無防備だった。
「どうだ、この間の仕返しだ」
「ちょっ……黒糖さ」
仰向かせて、抗議する声を口で押さえ込み、すっかり乱れた衣を除けて両脚を広げさせた。
首筋を咬まれた紺は、種の決まり事のせいで俺に大人しく従っている。
その紺の花を拝んで、においをかぎ、舌をつけた。
「紺のは桔梗のにおいだな。紺の、やらしいにおい」
「……っ」
すでに散々そうされたくせに、紺は恥ずかしさを堪える顔だ。
それでも嬉しそうにするものだから……こいつ、可愛いんだよな。
紺/
内腿に唇を這わせた後で、黒糖さんは花をゆっくりと食うようにした。
「上位に立つのはいいもんだ」
今日の黒糖さんは強気だ。
黒糖さんに抱かれるとは不覚だった。発情期が続いているはずなのに。
だがこの上もなく嬉しい誤算でもある。
ああ、心臓が早鐘を打って止まない。止んでほしくない。
再び花を気持ちよくされて限界だった。
みなに迷惑を掛けているのに、風邪を引いてよかったなどと言えない。
黒糖さんが……こんな風に癒してくれるなら……もう、ああ。
ずっと、何回でも、風邪を引いていたくなった。
「あああ……っ」
白い蜜を放って、黒糖さんの顔に飛び散った。
うっとりとした目でこちらを見ている。夢ではないのだろうか。
火鉢の炭がパチパチと音を立てて燃えている。
その灯りが赤く室内を浮かび上がらせる。
言葉はなく、火鉢のはぜる音が二匹の微かな息づかいをかき消した。
その闇夜の中で、鐘の音が遠く鳴り響いた。
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