年末-壱 泥酔した黒糖は黒木に発情期を誘発する薬を盛られる


黒糖/

深夜も疾うに過ぎた時刻だった。

今しがたやった酒のせいで足が覚束ない。

賭博で大きく負けた後の自棄酒だった。

取り返すつもりが散々な結果になってしまった。

そんなこんなで、どうやって帰ったかも記憶になかった。

確かにねぐらにいるのだが、妙な気配が身体からだに纏わりついていた。

暗がりからねっとりした視線を感じる。

だが、酔いにともなう眠気にはあらがえず、それに身を任せた。

夜 に 影

  ヨ ル ニ カ ゲ

黒木/

「黒糖くん、黒糖くん。起きていますか?

ずいぶんと深酒をしたようですね。

茹で蛸のようになるまで呑んで、酒に呑まれるとは無様なものです」

呼びかけに返答はなく、ただ寝息ばかりが聞こえる。

「この調子ではしばらく目を覚ましそうにありませんね。

まあ、よいでしょう。こっそり行う必要もなくなりましたし。

蛸は美味しいですから……おしなべて都合のよいことです」

にんまりとして、私は黒糖くんの肌に触れた。

黒い影が部屋にこすれる音を響かせる。

その度に微かに甘い声が漏れて、心がくすぐられた。

黒糖/

「く、ろき?」

頭に響いて目が覚めたとき、そばに黒猫がいた。

うっとおしいほどに黒く長い髪。誰よりも自由でしなやかな身体。

見知った奴だった。

「やっとお目覚めですか」

艶っぽい声が頭の上から聞こえた。覆い被さっているようだった。

「……お前、黒木だよ、な?」

「ええ、そうですよ。私のことを忘れてしまったのですか」

「そうじゃねぇ……そうじゃねぇが、どうして影なんだ」

当たり前の疑問が口を突いて出た。

黒木はいつもと変わらない調子だがその実体はなく、ゆらめく影が口をきいていた。

黒木/

「おや、黒糖くんはこの姿を見るのは初めてでしたか」

可笑しがって、影の姿で顔があるべき場所を近づける。

黒糖くんの赤らんだ顔に、私の吐息がかかって目を細めている。

飴色の眼が眠たげだ。時間も時間であるし、酒も入っている。

疑問符が浮かんでいるだろうに、考えることをやめて眠ってしまいそうなので勢いづかせる。

だいたい、そんななりで寝ようとするなんて信じられない。

「闇夜に忍んで事を果たそうと思いまして。夜這いとでも言うのでしょうか」

「はあ……?」

「先に少々可愛がって差し上げました。

黒糖くんの花は……仕様のないことになっていますよ。気づきませんか」

そこへ視線を遣って促すと、黒糖くんはようやく気づいたようだった。

黒糖/

そう言われるまで気づかなかった。

ちょっとうつらとしてから黒木の視線を追うと、

その意味することがわかって睡魔もふき飛んだ。

「な……っ! な、何し……たん、だ!」

意識ははっきりしても口が回らない。舌を噛みそうになる。

腹より下を見ると、自分のものが白濁と溢れていた。

「何、とは。君は敏感なのか鈍感なのかはっきりしませんねぇ」

一度醒めた身体は違う意味で熱くなっていたのだ。

熱く、なりすぎている。

つーと指でなでられたなら、どうしようもない快感でまた蜜が溢れる。

「続きならいつでも始められますよ。このまま終わりにするのはつらいでしょう」

答えを待つつもりなどなかったようで、締まりのない口を影に塞がれた。

黒木/

「気分はいかがです? ものすごく感じているのでしょう」

「い、や……だ。やめろ……っ」

腰をつがえて花を翻弄し、胸の突起を食んで、無防備な首に唇を這わせる。

無防備なのは首だけでなく、どこもかしこもそうではあるのだが。

「なぜ。身体はこんなに……ええ、こんなにも素直に悦んでいるのに」

「……んっ……あ、ああぁ……っ」

熱い息と汗。甘くかすれた喘ぎ声。

全身を震わせては乱れに乱れて鳴いている。

さまざまな場所をまさぐり、忘れたところがないか調べ上げる。

「……待っ、てくれ……もう、あっ。か、か……」

「何ですか? ちゃんと言ってくれないとわかりませんよ」

快感にうち震える脚を開いて蜜の滴る様子を眺める。

ああ、絶景。

「か、影は、嫌、だ」

「え」

黒糖/

「どう……せなら、影じゃ、なくて……本物がいい。

影に……侵される、くらいなら、な……生身の黒木の方が、まだいい……」

息を切らせながら言った。言ってしまった。

「……」

影はその姿でしばし沈黙した。

「まあ、影はあくまで影ですからね」

ふざけた調子が抜けたのは独り言だったからなのか。

沈黙の間に荒くなった息は少し落ち着いた。

ふっと影が笑った気がして、そっちを見る。

「初めからそう言えばよいものを。もっと私と肌を合わせたいと」

「ふざけんな……っ! そんなこと言ってねぇだろ……!」

一瞬ゆらいだ影はもう影ではなく、実体をともなって笑う。

「この姿になったからには私にも感覚が戻るのですよ。

寒さや熱、痛みを感じ、疲れもしますが、快感もまた享受できるというものです」

じゃあ、今まで俺は真実一人で喘いていたというのか。

「では、生の黒糖くんをご馳走になると致しましょう」

黒木/

「やっぱり、影より断然いい……あっ……」

私の身体で気持ちよくなるのを恥じながらもそんなことを言う。

絶頂に達した黒糖くんはとろける表情で、感じるがままだ。

「まったくどうして従順で、喧嘩強さもこれでは用を為しませんね。

今までの態度はどうしたのですか。もっと抵抗してごらんなさい」

「抵抗を愉しみたいのか、この変態猫」

「今のあなたが何を言っても無駄ですよ。

それというのも、さきほど塗り込んだ薬の効き目が出ている、ということでしょうか」

「……ぼそぼそ何言ってるんだ」

「いえ、こちらの話です。今更どうでもいい話です。

こんなことを気にして隙をみせてはいけませんよ、ほら」

不意打ちを食らわせて、心ゆくまで黒糖くんを弄んだ。

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