兄弟と黒猫-8の2 鯨油を塗る【青色】


1.8.5

咽喉が渇いていた。

構内に設置されたウォーターサーバーの内部で水がクラフトカップへとそそがれる。

ICカードをかざした後、機械の動きをぼんやり見つめていたシアは、いつの間にか水が規定値に達しているのに気づいた。

いつもは電子音を出していた気がするが、壊れているんだろうか。

カップの中に水は満ちている。

エラー信号の表示もなく、清流を汲んだばかりのように美味しそうだ。

僕は手を伸ばし、その場でカップの縁に口を付けた。

透明な液体には細やかな炭酸が混じり、爽やかな飲み心地とともに体中へ行きわたる。

その瞬間は潤いを得るけれど、たちまち体の内側から砂が溢れ、全身が埋もれる感覚に陥る。

体の内外に砂漠が広がる景色が見える。

虹蛇のいた外天ですらこんな風に乾いてはいなかった。

どうしてだろう、飲むたびに渇きが酷くなる気さえした。

授業中は落ち着かず、教師の言葉は頭の中をすり抜けていった。

いつからか周囲がぼやけて感じた。

講義室から出ていくクラスメイトの後ろ姿を見て、昼食の時間だと気づく。

立ち上がって同じように廊下に出ると、隣室から飛び出していく牡羊達の流れとぶつかった。

その中に兄の姿がなかったので、流れが途切れたところで上級クラスの講義室を覗く。

いつもの躊躇いは忘れていた。

キフィ抜きの昼食は想像もできないけれど、兄弟なのに声を掛けないのは変だ。

幸い、講義室にはアトリとマーブルがいた。

二人がキフィとヒューと一緒に構内を移動する姿を見掛けていたけれど、報告会の夜に初めて観測局のバイトメンバーと知った。

「ヒューなら1コマ目で帰ったよな。急用だとか」

「約束してたんでしょ? すっぽかすなんて最低だよね」

「……え?」

突如取り消された予定と同じで思考も真っ白になる。

ほっとする一方で、それならどこにいるのだろうと灰色の疑問がわく。

「シア?」

呼び掛けにはっとした。

目の前の牡羊達が僕の返事を待っていた。

「あ、えっと……約束は、してないよ。急用……どういう、」

言いかけて、後ろからやって来た者達に両脇を挟まれた。

「なーにしてんの! 珍しい3人じゃん。ヒューの急用なんて相手が限られるだろ」

「わっ」

右腕にシガラの片腕が勢いよく差し込まれ、僕の体は右に傾いた。

「ね、キフィは自宅療養なんだろう。テレメーターを見てみなよ」

「あっ」

左腕にハウエルの両手がゆっくり巻き付き、バランスを崩した体を助け起こす。

ほらほら早くと急かすので、兄弟3人分のバイオテレメーターを表示していた。

直近データを比べると、ヒューの心拍数は1コマ目の途中から徐々に高まり、一度跳ね上がった。しばらく高止まりした後、平均的数値を弾き始めた頃にまた上昇した。

それに沿うようにキフィの心拍数も上がっている。

両側の牡羊達も覗き込む。

「ほら、この時間帯だよ。二人とも心拍数が連動しているね」

「な、ホルモン分泌量も見てみろよ。いちいち並べるの面倒だよな。位置情報も生徒に公開しろっての」

シガラが文句を言うのは、バイオテレメーターに当然付いている現在地を示す機能のことだ。

生徒には閲覧権限がなく、心拍数の連動が意味するものは想像するしかない。

「途中からホルモンの種類が変わってるだろう。オキシトシンで……」

「マーキング表示しようぜ。断然、こっちの方が見やすく……」

こじつけも考えられたけれど、ドーパミンの分泌量に気が沈んだ。

見たくないものは他にもある。

1つだけ変わらない波を示すのは僕の生体数値だ。

顔を上げると、正面の大人びた牡羊達が眉をひそめていた。

「シア、兄弟のバイオテレメーターは他の者に見せるものじゃない」

「君達だよ、やめなよ。わかってやってるよね」 

すると、ハウエルとシガラが笑って言う。

「キフィに怒られちゃうね」 

「これくらい見たっていいだろ。俺らのも見る?」 

「そういう意味じゃない」

「シガラ、馬鹿」

アトリとマーブルは呆れている。

「わざわざ先生に言わなければ誰も気にしないよ」

「そんなの守ってたら窮屈だろ。もう1回プレイルームに戻りてー、どう?」

二人はしっとりしていた。

僕はそうかと思いながらぼうと眺めた。

 

「シア、僕は君のことをよく知らないけれど、ちょっとぼんやりし過ぎじゃないかな」

 

行ってみようぜ

木の感じに親しみを覚えた。壁材

ヒューがいない間にさ、えーほっとけないでしょ

どうして学校へ? 

ラルフのところへ行こうとは思わなかった。

1.8.6

観測局の発起人、ルイ・キー・ジェ、楽園の羊「諦めきれない」

インクに使う酸、瑪瑙の看板を通り過ぎ、

「観測局のインクには、粉末状にした外天由来素材を水かオイルと混合する。

素材によっては浸透剤に酸を加えることもある。この酸はどこから採取すると思う?」

『コレクターズ・インク』と呼ばれるのは使用よりも蒐集品としての価値が高いからだ。

相性がある。「それが、北区の海から採取した酸ですか」「先日、」 

間もなく大鯨が訪れる。たっぷり水分を摂っておくんだよ。気づいてるって。

鯨、兄達、抽出したもの、町の形成、北区の廃墟を残したままにしているのは、余すことなく

1.8.7

1.8.8

1.8.9

 8-2