兄弟と黒猫-4の1 黒真珠を吐く【青緑色】
ヴァンタブラック観測局より外天情報をお報せします。
今夜は悪風により荒れた天気となるでしょう。一過後に碧天孔雀の飾り羽が開く見込みです。
以上、観測局員・エンナがお伝えしました。
[ Peacock Green / ピーコックグリーン ]
鮮 や か な 孔 雀 緑
1.4.1
ヒューしか視界になかった。
心無しやつれた寝顔に灰プラチナブロンドの髪が張り付き、うつ伏せになった背からは黒い片翼が生えている。
それを見て、キフィの脳裏に外天で烏と交わったことが蘇った。
ヒューはいつも完璧な兄だった。
天才型。優良のさらに上をいく優秀判定の常連。
弟だった俺が同じ位置にあったのも隣にヒューがいたおかげだった。
だから、こんな風に余裕のない姿はどんなに記憶を探しても見つからなかった。
ヒューの髪を払おうとして、限界だった俺は眠気に襲われ力尽きた。
伸ばした腕がシーツに沈む。
瞼を開けていられなくなると、ひそめた声が聞こえてきた。
「……外天の治療にそんなに人手は割けないんだ。誘導を頼むよ……」
「……いつも人使いが荒いって。僕ひとりで……」
「……ならやれるだろう。治療に人手を出すより当人同士で解決する方が効率的だ。
洗浄の後には他の支援員を遣るから……」
「……えー、洗浄の後が大事なのはわかるけど、それってまだ先の話だろう。
もうさあ。終わったらご褒美。いいよね……」
「……わかってる。頼まれてくれて……」
会話が途切れると、漂っていたなめらかな気配が強くなった。
そして、遠くでリップ音がした。
といっても親密な空気を感じ取ったからそう思ったわけで、音の正体は知れない。
それに、片方はすぐ部屋を出て行った。
眠りに向かいつつある頭で考える。
――――あの時、俺はコットンガーゼの布地で両目を覆われた。
ふんわりした目隠しの隙間から光が透け、明るく温かみのある色が眼前に広がった。
それで酷い興奮がゆるみ、本能的な安心感を覚えた。
「キフィ……もう、遠くへ行くな……」
切実な声だった。
声のした方に顔を向けると、やわらかなものにぶつかった。
唇だ。ヒューでしかない唇、舌、息遣い。
ひと呼吸、ふた呼吸分。
次はなく、誰かにゆっくり引き離された。
「私達は診療所の者です」
落ち着いた声が言う。
「大丈夫、離れ離れになるわけじゃない。心配ないよ。
行き先は一緒だから、少しの間、待ってくれるかな? 君達はものわかりのいい子だ」
大きなバスタオルに包まれ、子どもみたいになだめられた。
今の声とキーツが言葉を交わしている。
周りが見えなくても、警戒しなくていい相手だと理解するには十分だった。
顔の知れない声の主は、さっき頼み事をしていた男の声に似ている気がした。
朦朧とした頭で聞いた声だ。確信はなかった。
診療所へ移動する間の記憶はなく、その後はずっとヒューと一緒だった。
それは外天の続きを意味した。
目隠しが外されたなら、意識を失うまで求め合う。
腹の奥にあの烏を感じるせいで星が暴れ、抑えようのない衝動が荒れ狂った。
これには当人同士をぶつけるのが最適と身を持って知る。
催淫効果の打ち消しにこれ以上ない。
なんて、互いに相手を壊さないことで精一杯だった。
激しく求め合い、体力を使い果たし、気を失って眠る。
再び求め、力尽き、眠る。
それを繰り返した。
これは夢かもしれなかった。
背に片翼が生えているヒューは、どれほど本物の質感を伴っても非現実じみている。
次に目を開けたら、今度こそヒューは消えているかもしれなかった。
ああ……気弱な牡羊の姿が浮かんだ。
あの夜、シアにただいまを言えなかったことを後悔した。
そこでついに俺は本当の夢に抱かれた。
1.4.2
その時を境にキフィの意識は明瞭になっていった。
再び目覚めると、うずく体が『誰か』を求める。
今まではヒューしか見えなかった。
だが、少し離れたところに牡羊がもうひとりいることに気づいた。
いつからいたんだ。
例の会話を聞いた時からだろうか。それとも最初から?
そこで、ここが診療所であることを思い出した。
世話係か監視員を付けないわけがなかった。
おそらく最初から同じ部屋にいたんだ。
一部始終どころじゃない。全部、俺達の行為を見ていたはずだ。
それならいっそ、こいつを相手にした方がマシだ。
兄弟を解消したヒューをわざわざ選ばなくていいんだ。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「そっちを選べば、気持ちよくなれるよ」
その言葉によって俺はまたヒューを選んでいた。
「どうしてって顔だ。ここがうずくんだから、ここをサフォークが突かないとよくならない。
僕はサフォークじゃない。キフィを満足させることができるのは、そっちだ」
ペール・アクアの瞳が悪戯っぽく微笑むと、倦怠感のある魅力が漂った。
「ね、ほら。開いてごらん」
ご褒美をねだった甘い声で言う。
今までの会話からして、こいつは世話も監視も任された補助役に違いなかった。
補助役は結局のところ主体となる兄弟には敵わない。
そのため軽く見られがちだが、中には逸材が存在する。
黄金色に輝く髪は金羊種だ。
彼の存在は僕達を惹きつける。俺とヒューを思いどおりに動かす。
『誘導』というのは、たぶんこのことだ。
「でも、一番の理由は他にあるんだよ。二人ともおそろいの羽を生やしてる。だからさ」
答えになってない。
おそろいだから何だっていうんだ。
だが、この金羊種の言い方は、局長達が外天のことを話す時の口ぶりに似ていた。
何だっていい。本当はどっちでもいいんだ。
そう思い、仰向けになった俺はヒューを迎え入れて星を熱くさせた。
発火しそうだ。それとも、もう発火しているのか。
気持ちよくなると、意識のある方が厄介だということに思い至った。
今ではもうヒューを求めてはいけないのに。
だいたい、なぜ狼の真似事をしたんだ。
俺の戸惑いに反し、熱はさらに熱を欲した。
「烏の痕跡を消してあげるんだ。掻き出して、ヒューのもので満たして。
キフィだってそうして欲しいと願ってる。いっぱい、満足するまで」
言い聞かせる声に酔いそうだ。
ヒューが誘いに乗っているのが信じられなかった。
他人の誘導を心底嫌うくせに。
ただ、俺自身も、金羊種の言うことが本心だと勘違いしそうになる。
結局、力尽きて眠るまで、前と同じようにヒューのもので何度も満たされた。
ヒューは俺の名前をささやく。
首元がぞくぞくする。
その声で名前を呼ばないでほしい。
心地よくてだめになる。
一方で、ヒューの名前を呼ぼうとすると、咽喉がつかえた。
この変化を金羊種は見逃さなかった。
「覚醒してるね。今までと反応が違うと思った。 さあ、二人の頑張りのおかげで次へ進める。
起きたら洗浄に移ろう。それまでは、深く眠るといい」
その一言で眠りに落ちた。
次に目覚めた時には、俺達は自分の足でシャワー室へ向かっていた。
「1人ずつだから、見ていなよ」
ヒューを立たせ、俺には浴室に置いてあったバスチェアに座るよう促す。
金羊種は透明なジェル状のボディクレンザーを手に取り、ヒューの体を隅々まで洗った。
「全部、洗い流してあげる。仕上げだからね」
やさしい手つきで肌になじませ、丁寧にシャワーですすぐ。
その間、壁に背を預けたヒューが果てる姿に目が釘付けになった。
「待たせちゃったね。今度はキフィだよ」
続けて、ヒュー以上に時間を掛けて俺の全身をほぐし、洗い流していった。
口の中も、星を突く部分も、突かれる部分までも。
浴室から出ると、タオルを持った幾つもの手が現れた。
湯上りの体が手際よく拭かれ、肌触りのよい病衣に身を包まれる。
その時になってようやく、背中の片翼がなくなっていることに気づいた。
1.4.3
黒烏の体液を完全に洗い流した今、僕は初めて彼らに交じった。
キスをして、3人絡まり合って、とろける。
「よく頑張ったね」
ヒューとキフィが果てたのを見届けると、空っぽになった体を抱き締める。
「……上々」
つぶやいたのはヒューで、疲労の色をみせるが晴ればれとした表情をしている。
「ラルフ、おかげで上手くいった。だからさ、お前も我慢してないでいけよ」
言って、僕の胸板に手を当てた。
ヒューには我慢しているのはばれていたようだ。
「どっちでいきたい気分だ?」
そんなことまで訊くので微笑んでしまう。
「後ろ」
素直に答えると、早くもヒューの手によって刹那の快感を得た。
一方、キフィが示した反応は予想しないものだった。
「ラルフ? お前が……? 嘘だろ」
キフィは信じられないという目で火照った僕に向けて言った。
――――それが午前のことだ。
「ねえ、ジル。キフィは僕のことを知ってたようなんだ。どうしてだろう。
彼とは初めてと思ってた。記憶違いかなあ。前に支援をしたことがあったと思う?」
キフィ達のいる特別治療室を後にした僕は、ジルの診察室で疑問を口にした。
ジルは革張りの回転椅子に座り、目の前に映し出されたカルテからこちらへ視線を向けた。
ゼニス・ブルーの温和な瞳に映る僕はというと、診察台に座り、シャワーを浴びたばかりで滴の残る足をぶらつかせていた。
「記憶違いではないよ。このカルテを見るといい」
その声には、やさしく諭すような口調がしみついていた。
立ち上がったジルは僕の頭を撫で、流れで耳の輪郭をなぞった。
ほとんど直射日光に触れることのない皮膚はどこもかしこも薄くてきらいだ。
ここでも、幾つものピアスで飾らずにはいられない生白い耳を、誰かが痛々しいと言うのを聞いた。
僕もそう思う。でも、やめられないんだ。
大きな羊の指が耳たぶへ到達した時、離れる前に捕まえる。
触れる手から伝わるものは心地よい温もりだ。
僕はささやかな企みが成功したので、にっこり笑顔を浮かべた。
「ジル先生、まずは僕を労わってよ」
甘えるつもりで『先生』と呼んでみる。
「ああ、そうだね。ご苦労様。短期戦をよくこなした」
僕より高い目線が同じになる。
捕まえた手を一度ほどき、今度は指を絡めて探り合う。
「あの二人を相手に頑張っただろ?
好き合ってるくせにこじれてる。その分、ほぐすのが大変だった。
けど、ヒューもキフィも星ランクの生徒ってだけある。タフだよね」
「外天の副作用に対して?」
「うん、それもだけど、全部。僕が言うことをこなすし、最後まで耐えるんだ」
「そんなことを言うのは珍しいね。彼らは学校でも評価の高い牡羊だ。
ヒュー君は天才型、キフィ君は努力型に分類される。どちらも在籍は上級クラスだ」
首筋にジルの唇が吸いつけば、それだけで午前にとろけた体が再び輪郭を失ってしまう。
「ご褒美はこれでいいのかい? その顔、違うのならラルフはカルテが見たくなっただろう」
ジルはこうやって、いとも簡単に僕を転がす。
それはとても居心地がいいので、口を尖らせはしても素直に従った。
僕は〈兄〉にも〈弟〉にも分類されない。
『振り切れるほどの快感』というものも知らない。
でも、同じ仲間の肌にパラダイスの扉をみる。
扉が開かれたなら、どんなにか素晴らしいだろう。
「支援記録はないよ。おそらく、シア君を通して知ったんだろう。
ラルフの知っているシア君だよ」
ついさっきまで、ジルは僕から聞き取った内容をヒューとキフィのカルテに書き加えていた。
そのため、眼前には最後に更新したキフィのカルテが表示されている。
言われて弟の欄を見ると、確かにシアの名前がある。
「シア? そういえば、キフィはコリデールだもんね。
変異の時期を考えると、弟ができたのは最近だろう。そっか、キフィの弟がシアなのか」
シアは療養所にいた時の僕のパートナーだ。
やわらかで健やかなシア。
会う機会もなく過ごしていたけれど、元気だろうか。
牡羊たちの性質上、どの羊も決められた組み合わせに最大限になじんでいく。
その特性の強いシアは、きっとキフィとも上手くやっていくだろう。
だから安心と胸を撫でおろす反面、一抹の寂しさが拭えない。
「シア君はまだ学校に通い始めたばかりで、補助の経験がなくてね」
今度はシアの真っ新なカルテが表示された。
カルテとは別に、診察所の予約状況も同時に見ることができる。
今日の日付で予約が入っている。
「キフィ君がああいう状況だから支援依頼がきたんだろう。夕方になったら入ってくれ」
「え、シアの支援ができるの? 『TBP』だよね? 新しいプロジェクトの」
「そうだよ。シア君もその内のひとりだ。サンルームを空けているから使うといい。
予約段階では相談だが、様子をみて直接支援まで進めてくれ」
顎を引き寄せられ、軽やかなキスを受ける。
ヒューがやる気を出したおかげで体は心地よい疲労感で充足している。
それもあって、ご褒美は先送りし、僕はシアと顔を合わせることにした。
ジルが指定したサンルームはこぢんまりとした相談室だった。
壁全面に硝子が張られ、傾斜のついた天井も同じ硝子だ。
まるで外にいるようだが、一定の間隔で継ぎ目となる木枠が視界に入るため室内にいることが思い出される。
長めのソファとクッション、ところどころに置かれた観葉植物。
相手の心を開くには狭い空間がいい。その方が近くに感じられるからだ。
一方で、ここは明るく開放感があった。
最も日差しの強い時間帯を過ぎたとはいえ、燦々と陽の光が降りそそいでいる。
僕らが好きな感じだ。
クッションをもてあそびながらソファで待っていると、案内係に連れられた牡羊がやって来た。
案内係はサンルームへ入ることなく立ち去り、牡羊は驚いて目を丸くした。
1.4.4
一歩、シアがサンルームへ足を踏み入れると、その姿は光の中で眩しく映った。
健やかなサン・オレンジの髪にフレッシュな肌。
覚えている時よりも背が伸びているが、それは僕も同じだ。
「シア、久しぶり」
呼び掛けると、思わず声に喜びがにじんだ。
「ラルフ? どうしてこんなところにいるの」
続けて、本物? とつぶやく。
「本物かって? 信じられない? 僕は本物だよ」
と笑って言った。
「診療所は初めてだろう。怖い先生がいると思った?
僕ね、療養所を出てからここで支援員をしてるんだ」
「そうなの」
シアはまだ驚きの表情を浮かべている。
「ここの診療所、気に入ってるんだ。砂浜があって、どことなく療養所と似てるだろう。
おいでよ。こっちへ来て座りなって」
ソファの座面をぽんと叩き、突っ立ったままのシアに隣を示す。
シアは自然な明るい声でうなずいた。
素朴な雰囲気は変わらない。
大好きなシアだ。
ところが、すぐ隣に座るものと思っていたシアは、1人分の変な距離を取って座った。
なぜか、ほんのり頬を染めている。少しぎこちない気もした。
そこに触れない理由はない。
「久しぶりだから緊張してる? それとも、僕に会いたくなかった?」
座面に手を突き、心の距離を埋める気持ちでシアに顔を近づける。
「ううん……! そんなことない!」
否定的な言葉を慌てて打ち消し、真っ直ぐにこちらを見るので、僕らはごく間近で見つめ合う格好になった。
シアは自分の言葉の勢いにはっとして声を落とした。
「ラルフに会いたかった。どうしてるか気になってた。ここ最近は……とくに……」
しぼんでいく声に反し、瞳には熱がこもる。
しかし、躊躇いがあるのか、たちまちシアの視線は揺れた。
「そう、嬉しいな。じゃあどうして逃げようとするんだい。顔が赤いのと関係ある?」
揺れ動く視線を捕らえ、やや強引に目を合わせる。
こうやって意地悪したのを思い出す。
シアは詰め寄られると弱かった。必死なところが可愛いのも変わらない。
「……ずっと、ラルフが夢に出てくるんだ。だから、何だか目を合わせづらいよ……」
「ふうん。どんな夢を見るの。目を合わせづらいって、なんで?」
「えっ! なんでって……そんなの、覚えてないよ……」
そうは言うが、覚えてないようには見えないし、答えを聞かなくても夢の内容はわかる気がした。
「まあ、いいや」
ふっと笑って言うと、シアは安堵の息を吐いた。
それから僕は次の言葉を口にした。
「ねえ、5日目なんだろう」
これは質問じゃない。意識させるための言葉だ。
シアの顔に疑問符が浮かぶ。
でもそれは一瞬のことで、言葉の意味を察すると、ますます顔を赤くした。
「隠したってだめだよ。知ってるんだから。だから、もっとこっちへおいでよ。
よそよそしくしないで」
最後の言葉が効いたのか、シアはぐっと堪えた後、観念して言った。
「……だって、ラルフに知られるなんて……いやだよ。恥ずかしい……」
シアの瞳は羞恥に潤んでいる。
恥ずかしいことなんてないのに。
さらに、その表情は庇護欲とともに別の感情を煽った。
「僕もそうだから恥ずかしくないよ。このために来たんだろう。楽になろう?」
額を合わせれば、この距離がもたらす居心地のよさをシアは思い出すだろう。
僕らはやわらかな鱗を剥がし合った仲だ。
パートナーだから、体に付いた汚れや古くなった皮を互いに取り除く。
そのことを『鱗を剥がす』といった。
最初は少し痛くて、その内、むず痒くなる。
慣れてしまうと、気持ちがいいと思うようになる。
その感覚を鮮烈に思い出し、触れたいという衝動に駆られた。
額だけじゃあ足りない。全部に触れたい。もっと、深いところまで。
けれど僕は支援する立場だ。
「このままじゃあ病気になっちゃうよ。シアにそうなってほしくない」
昂る気持ちを抑え、最後のひと押しを口にする。
「ね。大丈夫、悪いことにはならないよ。以前みたいにさ、座って」
「……うん」
距離感を取り戻し始めたシアは、意図をくみ取って僕の両腿の上に座った。
向かい合えば、視線はシアの方がやや高くなる。
上目遣いにすると、頬を染めたシアだって期待しているのがわかった。
片手で体を支えながら、ゆっくりと、昂るものに触れていく。
ひとつ、ひとつ。
それは唇であったり耳であったりした。
感触を確かめるものも唇や手であり、触れた耳を過ぎ、首筋を経て、鎖骨へ。
シアの腕がしがみつくので支えるための手はもう必要なく、邪魔なものを両手を使って外す。
体の前面を直接密着させ、星を突く部分をすり合わせた。
僕は用意していた薄雲をポケットから取り出し、シアに被せた。
『5日目』というのは、最後にシアが薄雲を提出してからの日数だった。
生徒なら落第を恐れる日数だが、群れの外から見ればそれは些細なことだ。
「気持ちよくなってね……」
会話は途切れ、熱っぽい気配が部屋を満たしていく。
やがて、サンルームを照らしていた太陽は陰り、薄雲は専用の容器に入れられた。
シアは僕の腕の中でくたりとして眠たげだ。
「溜めすぎだよ。こんなことにならないように兄弟以外の相手を探すんだ。いいね」
息を乱したシアが懸命にうなずく。
「なんて、支援員ならそう言うところだけれど、シアにその気がないならいいんだ。
その時は僕のところへおいでよ。いつでも歓迎するさ」
シアは特別だから、と吐息に乗せて耳に吹き込む。
びくっと体を震わせた牡羊は濡れた目でうなずいた。
愛しいという気持ちが僕の心を満ち足りたものにする。
「支援はここまで。だけど、続きをしようよ」
療養所では、パートナーであってもできることはここまでだった。
「僕ら、もう子どもじゃないから、この先までしてもいいんだよ」
知っていて手を付けなかった部分に触れ、指を使ってほぐす。
「でも……ん……あっ」
とろとろと眠りの淵を漂うシアは可愛らしい声を漏らす。
この先を知っているキフィが羨ましい。
「まだ、足りないだろう。全部出しきっていいんだよ」
そう言って、星に刺激を与えた。
「帰りが心配なら、今夜は泊まっていけばいい。明日も来る用事があるんだから」
弟に分類された牡羊の一番弱いところ。僕もここは好きだ。
「それに嵐が来てる。こういう日は一人でいない方がいいよ」
そこを刺激すれば、一際高い声とともにシアのものが溢れた。
「すべて空にして、キフィと一緒に帰ればいい」
溢れたものを舐めると、誘導でくたくただった体が回復するのを感じた。
ヒューとキフィのもよかったが、やっぱりシアのは抜群だった。
大好きなシアと一緒にいたい。
関係が戻ることがなくても、少しくらい扉が開くかもしれなかった。
そう思った時、不意に『当人同士で』というジルの言葉が蘇った。
もしかすると、シアのカルテとは別に、僕のカルテも書き加えられているのかもしれなかった。
主治医のジルにとって、僕も支援すべき牡羊なのだから。
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