大祭-3 柘榴の実を食し幕内にて王の使者に身を清められる
柘 榴 の 実
果実のごとく摘み取られたアルマーは、儀式の場を積み重ねてゆく。
第一の儀式は、奥間の星摘みの庭にて行われ、熱と水の循環によって魔力の匂いを溢れさせる。
第二の儀式は、王の使者が守る神殿で為され、献げ物とともに体内に絶え間なく蜜液を
注がれる。
第三の儀式は、天幕の内に神と王を招き入れ、両者を繋ぐ道具となって豊かさを結実させる。
熱気を帯びずにはいられないこれらの交接は、祭りに関わりのない神や魔、人を呼び寄せる。
そして今、禁断の果実に狂った者が美しいアルマーを捕らえて欲望を満たすのだった。
◆
独特な香りが漂っていた。
美しい深紅の色が頭に浮かび、背筋が震えて目を覚ました。
起き抜けにため息を吐くところを塞がれて、うんざりしながら瞼を上げる。
「ようやくお目覚めと思えば、ため息なんかやめろよ」
やけに近いところで声がして、悪夢が始まったことを知る。
それに体がだるく空腹だ。魔力を使い果たしたせいだった。
上質なシーツと羽毛のクッションの柔らかな心地を直接肌に感じた。
私は裸で寝かされていた。意識を失った後はいつもこうだ。
「やはり大祭には生贄が欠かせない。それもお前じゃなければ、愉しみがない。
今季もウルードが第一級に選ばれて俺は嬉しいぜ」
声の主は、同じシーツの上に横になり、頭に手を突いた格好で間近で息をしていた。
その息をうなじに吹きつけられた後、同じ場所に熱を持ったものを感じた。
ぞくぞくする。寒気なのか興奮なのか自分でも判別できない。
触れていたものが離れると、相手は銀の高坏から深紅の果実を手に取って口に含んだ。
一口かじり取り、粒状の塊を器用に舌で転がしてこちらの口へ押し込んでくる。
柘榴の実だ。
人々の血と実りを象徴する果実。
ウルードは、目の前の男・イルファーンをみとめて吐き気を覚えた。
吐いて、柘榴の実もろとも吐き出してしまいたい。
そうしたくともできずにいる私をイルファーンは眺め、満足気に微笑んだ。
捕えた獲物に恋をするような眼差しをする。それも酷く一方的に。
瞳の色は一見では水色だが、薄紅や橙、黄、碧、紫が混ざり合い、
捉えどころのない彩りが現われる。
オパールレインボーと言われる瞳に見つめられながら、口の中のものを咀嚼し、嚥下した。
柘榴には『成熟した美』という意味がある。
この果実にはアルマーに生まれついた因果を思い知らされる。
美の裏に、愚かしさをあわせ持つのだから。
イルファーンは私の髪に口づけた。そうして匂いを吸い込んでいる。
再びうなじに戻り、次に腕を上げさせ脇も同じようにする。全身隈なく行う。
ふと昨夜の香りがして、シャーズィヤとラバーブを思い出した。
本来、儀式では最初に水浴びを行う。
この様子だとまだのようだった。意識のない間にされた痕跡もない。
イルファーンのすることは規範を外れる。儀式の手順に則っとるが、必ず余計な真似をする。
汚れを洗い流す前に体から発する匂いをかがれる行為は、過去を暴かれる感覚がする。
シャーズィヤとラバーブと行った熱と水の循環がもたらす快楽が暴かれる。
居心地の悪さを感じる時間の過ぎようは緩慢で、イルファーンの性質の悪さに辟易した。
腰の辺りで吐息がして気配が離れた。しばらく動きがなく、それでようやく終わった。
「星摘みの庭での儀式は疲れただろう。2人相手は体に負担がかかるからな。
ひとまず水浴びにしよう。他の匂いを落としてからじゃないと儀式に気が乗らない」
何が、ひとまずだ。気が乗らない? 嘘だ。こちらの居心地の悪さを愉しんでいる。
心の中で悪態をつくが、漏れた声は悪態ではなかった。
「……あっ……んっ……あ、ああ……っ」
突然の変化に私は喘いだ。
「いつもは食って掛かるくせに、儀式の間は本当に口をつぐんでいるよな。
だんまりなんてつまらないぜ」
次の場へ移行すると思っていたため心の準備ができていなかった。体も、だ。
その隙を見つけた指が私の中に侵入し、激しく動く。
掻き回し、感度の高いところを的確に突く。
「そうそう、これくらい応えてもらわないと面白くないだろ。気持ちいいって体が言ってる」
「やめ……ろっ……あっ」
「やめるものか。歓喜でも嫌悪でもいい。ほら、お前の声をもっと聞かせてくれ。
もっと、いっぱい」
イルファーンは笑みを深くし、声以外のものをぶちまけるまでそれは続いた。
最悪だ。
ウルードは水浴びの最中も気を抜くことができなかった。
水を張った盥を使い、数回繰り返し体の汚れを洗い流す。
それだけの儀式のはずが、イルファーン相手だと浴槽を使うはめになる。
柘榴の花から抽出した精油をタイルにまき、さらに浴槽にも花房を浮かべる悪趣味っぷりだ。
ウルードはそこでも呼吸を乱された。
それを終えると、後はずっとベッドの上だ。
その間、何度も何度も……7日間絶えず蜜液を注がれる。
「ウルード。なあ、儀式だとか思わないで俺と愉しめよ。
気持ちがいいだろ。素直になれよ。見栄も我慢もやめてさ、思い切り交わろうぜ」
こんな発言もどんなふるまいもイルファーンには許されていた。
そもそもどうしてこんなに自我が強いのか。
王に仕え、個の束縛から解放されることを願う使者のくせに、どうなっている。
それともこれが全体の意思というのか。違う。違うとわかっている。わかっているが。
イルファーンがこの役を負うまで儀式はこんな風ではなかった。
王の使者がアルマーに触れ、欲望をぶつけてくるのは変わらない。
アルマーは、狂気を生む禁断の果実と言われる。欲望が生まれるのは仕方のないことだった。
だが、大義や名分というものがある。
暴力的であっても、厳かにそれは守られていた。
ここは王の使者が守る神殿の一角だった。
ベッドと水浴びの場にはそれぞれに赤い幕が張られ、幕の向こうには彼らの同胞がいる。
区切られた別の場所では、生活に必要な読み書き計算や宗教的な授業が行われ、
寝食も為される。
だというのに、イルファーンはお構いなしだ。
征服感に酔いしれ、体から迸る蜜液で私を上から下まで浸し、意識を沈める。
しかも、今回は『デザート』と言って、果実を煮詰めた不味いものを毎日食わされた。
余計な真似だ。
イルファーンとの出会いは最悪だった。出会いだけじゃない、いつも最悪だ。
あんな風に出会わなければ、こんなことにならなかったのだろうか。
考えてもどうにもならないことを思い、
自嘲と嫌悪の中でウルードは再び白濁と下腹部を汚した。
ウルードという第一級アルマーは、イルファーンの手によって初めて記録が為された。
市場に新も旧も区別のなかった頃。
ある時、まとまりのない市場の一区画で『花売り』が横行した。
中心にはたった一人のアルマーがいた。
アルマーは成長するに従い、自ら発する誘引物の濃度が強くなる。
身近にいる者は、意識しようがしまいが、他意のないそれに捕えられる。
だが、誘引した者が主導権を握る訳ではない。
多くの場合、アルマーは主導権を奪われる。ウルードもそうだった。
ウルードは魅了した者たちに自由を奪われ、体を使役されていた。
調査のため数人の王の使者が派遣され、その中に幼さの抜け切れないイルファーンがいた。
彼にとって初めての実地調査だった。
現場を目撃したイルファーンは、無意識の欲望にあらがえず、
すべてを忘れてウルードの魔力を求めた。
幻影の沙嵐が吹き荒れ、ウルードを使役していた者はもちろんのこと、
同行した王の使者も巻き込み、その場にいたすべての者の意識を混濁させた。
虹の眼の発現だった。
このため、ウルードの保護を目的とした調査は、イルファーンの始末に奔走することになる。
自室にいるサーリーは、書庫から持ち出した記録書をめくった。
ウルードの記録書には、大祭に選ばれたアルマーの行動が記録されている。
それを確認するために書物をめくったのだが、気づけば虹の眼の記述を追っていた。
結果として、その場を収めたのは宝石治療院の先代院長と当時の第一級アルマーの
ハーディーだった。
先代の癒しの手を用いてウルードを介抱し、
ハーディーの奇跡的な匂いでイルファーンを鎮めた。
屍の中での快楽。
地獄と楽園が同時にあるような様相だったと想像する。
これを見た者はこの4人の他にない。
だが、先代はすでに亡く、ハーディーはヤーサーミーンと失踪し、生死不明。
ウルードは今頃イルファーンに身を清められている最中か。
記述は続き、ウルードがたちまち第一級に座し、大祭の生贄に選ばれたことが書かれていた。
追うようにして、数年後イルファーンが生贄を清める役になり、現在まで居座っている。
今夜、イルファーンはウルードに柘榴を食わせているに違いなかった。
清めの儀式で食す柘榴の実は生贄に付けられる目印だった。
生贄の居場所を神に示している。
目印の付いたアルマーの古い魔力を絞り切れば、新鮮な魔力が溢れ出す。神に捧げる魔力だ。
その芳しい匂いは王の使者を捕えて酔わせるため、
アルマーはその者の欲望を受けとめるしかない。
中でも、ウルードに対するイルファーンのこだわりは異常に強く、
有能でありながら愛嬌溢れると評されるイルファーンをウルードは嫌悪していた。
弟子は3人とも彼の口づけを受けて水合わせの儀を行った。その報酬は師が払う。
生贄に選ばれたならば、大祭のたびにしつこく抱かれる。7日間が繰り返される。
そのため、この記録書はウルードのものであるが、同時にイルファーンの記録でもあった。
王の使者の行動を規定する書物には、幸運の虹を持つ者の意思を妨げてはならないとある。
その一文のためにイルファーンは少々勝手なふるまいが許されていた。
『許される』とは言い様だ。
これは、手のつけられられない者を意味した。
沙嵐はイルファーンの意のままで、幻影であっても人を傷つける。
同胞は逆らえない。自分を上手に使い分ける器用なイルファーンに逆らう者もいなかった。
アルマーは儀式に従う。
執拗に付き纏う王の使者に対しウルードは諦めの境地に達しようとしている。
最後に宝石治療院へ訪れた時、イルファーンは7日分のデザートを用意すると話していった。
恋人と過ごす夜を語る乙女のように、
初夜に柘榴の花のシャーベッドを一緒に食べると愉し気に語った。
だが、ウルードから見たその出来事は、まったく違った印象を持つことだろう。
陽が落ち、夜になった。
ジャウハラはここ数日で見慣れた回廊を進み、ある扉の前で立ち止まった。
扉を控えめに叩き、挨拶の言葉を口にする。
「夜訪れる者に扉をお開けください。ターリクの名は、ジャウハラ」
いつものワンピース姿だけれど、普段身に着けているアクアマリンのチョーカーは外していた。
アズハールとナルジスも同じで、これは無闇に師の魔力を使わないようにするためだった。
それに、危険を感知したとしても大祭の渦中にいる者には心配の種にしかならない。
「どうぞお入りなさい。ターリクを迎え入れましょう」
名を告げると、すぐに扉が開かれる。
最初の夜は、挨拶に応じた決まり事が交わされた。
その声は落ち着き、その眼差しは身を焼くほどに熱い。
一緒にいると、気恥ずかしさと同じくらいの心の安らぎを覚えてしまう。
けれど、扉を開けた者は私の腕を強く引いて中へ入れると、その勢いで立ったまま抱きしめた。
苦しくなるくらいぎゅっと。
苦しいのは、強く抱きしめる男の腕のせいだけではなかった。
ああ、どうしよう。自分の鼓動が速くて耳を塞ぎたくなる。
「……サーリー院長、あの、そんなにきつくされると……っ」
「……悪い、」
サーリーははっとして、ジャウハラから身を離した。
顔を赤くし、片手を額にやる。
潤んだ瞳を揺らしながら、自分自身が信じられないという顔をする。
正気になってもいつもの落ち着きは戻ることなく、
ふらふらとベッドへ向かうとそこへ腰掛けた。
肩を落として俯いているので、
ジャウハラはそわそわして何でもいいからできることはないかと頭を巡らせた。
そうだ、ミントウォーターを飲んだら少しはいいかもしれないわ。
テーブルに水差しがあるのを見つけ、
サーリーに背を向けた格好でグラスにミントウォーターを注ぐ。
グラスを差し出す前に、首筋にふっと風を感じた。同時に温もりに包まれた。
後ろから抱きしめられていた。顔を半ば後ろへ向けたところで唇が重なる。
急くように、だがじっくりとサーリーはジャウハラを貪った。
動作がゆるやかになり、沙漠の中で待ち望んだ水を得たかのように満たされた。
そうであっても、ジャウハラは呼吸を落ち着けることができなかった。
満たされたとしても唇が離れると飢える。
そのために、二人の吐息はテーブルからベッドへ移ってもいつまでも部屋に響いた。
最初の夜は、水差しの置いてあったテーブルで話をした。
二人分の薬花茶が用意してあり、穏やかな香りが漂っていたのを思い出す。
ライラが宝石治療院の中庭へ現れた夜に、ジャウハラは柘榴の実を食べてしまった。
口移しにされ、別のことに気を取られて飲み込んだ。
アルマーは第8番月に柘榴の実を口にしてはいけないという決まりがある。
この時期に柘榴の実を食べたアルマーは、大祭の生贄の印をつけられたも同然なのだ。
その対処法を調べるために、まずウルードの記録書をめくった。
ゆっくりと、サーリーはそう語った。
誤って口にした者は生贄の儀式を模倣する。模倣し、祭壇に上る。
そうしなければ、生贄を逃したとみなされ、儀式がうまくいかないという。
サーリーは直接的な表現を避けたが、ジャウハラは師の言葉を覚えていた。
得られるはずの恩恵は厄災に変わる、と。
だから師は、相手が誰であろうと儀式に甘んじて応じる。
そして、同じようにジャウハラも儀式の手順を踏むことになった。
浴室で水浴びをした後は、ただただ古い魔力を絞り出す。さらに蜜液で体を浸す。
「大丈夫、真似事でいいんです。蜂蜜水液を用意しましたのでこちらを使いましょう。
こんな風に儀式をたどることは滅多にないことですが、私に身を任せてください。
体の力を抜いて」
第1夜目はそれでよかった。
王の使者の代わりは王族が務め、蜜液の代わりに蜂蜜水液を用いる。
ジャウハラから魔力が匂い立ち、気持ちが解けさえすれば、他は代わりで間に合った。
しかし、相手はアルマーだ。
匂いがとめどなく溢れ、それを浴びた者は自制心を崩され欲望を露わにされる。
真似事などでは済まされない。
自制心を失うのは明らかで、限界を察したジャウハラはサーリーの耳に囁いた。
私は平気、と。
そう頷いてみせたために、サーリーは本物でジャウハラを浸すことを自分に許した。
だからと言って、為されることが変わる訳ではなかった。
幾度も月の剣が飲み込まれる。
柘榴の実の対処法はウルードの記録書の中になく、別の記録書に見出された。
それはハーディーの記録書だった。
第2夜目が過ぎた時、サーリーは自室から出ることができなかった。
ジャウハラを抱き続け、すでに第7夜目が終わった。
バラカは毎日決まった時刻に籠に盛った食物と新鮮なミントウォーターを届けた。
半月パンとアーモンド、棗椰子、オレンジ。
中身は日によって変わるけれど、持ち手に若枝を絡ませた籠であることと、
パン、ナッツ、ドライフルーツ、フレッシュフルーツというのは決まっていた。
扉に鍵は掛かっていない。
近くに、前の日の籠が空になって置かれてある。
閉じた扉の前に新しい籠を置き、僕は急いでそこを離れた。
ほんの短い間であっても部屋の内から溢れる匂いが肌を刺激する。
こみ上げてくるものを抑えながら厨房へ戻って空の籠を置いて、自室でその……
いつもは走らないようにしている回廊を小走りになってバラカは不安げに思った。
サーリー兄さんはアルマーに溺れてしまったのだろうか。
銀花とも呼ばれる額飾りに触れる。不安であるのに別の意味で気が高ぶっていた。
第1夜目が開けた朝、兄さんはいつになくぼんやりしていた。
熱に浮かされた様に似て、心は夜に置いてきてしまったようだった。
考え事をしていたせいで、バラカは柱の間から出てきた人物にぶつかった。
ぞっと、不安感を払拭するような強い刺激が体に走った。
そんなことが重なって僕は後ろ向きに転倒した。
「悪い悪い。バラカ、立てるか?」
「急いでたみたいだけど、大丈夫?」
「……」
茫然とする僕にアズハールとナルジスが呼び掛ける。
「腰抜かしたのか? ほら」
「本当だ。力が入らないみたいだね」
僕が反応できずにいると、アズハールの手が目の前に差し出された。
二人には兄さんとジャウハラが一緒に過ごすことを言ってあった。
事情を話し、納得済みだ。
この時刻に食事を届ける姿も何度か見られていた。その後で僕が自室へ行くところも。
だから、僕がどういう状況になっているのかすぐに気付かれてしまった。
そもそも体の稜線が明らかなこの服装では下腹部のあり様を隠すことができないのだ。
座り込んでしまえば尚更――――恥ずかしい。
それに、ここでもいい匂いがしている。顔を上げるのが少し怖い。
僕の心を知っているかのように、さらにナルジスの手が伸ばされた。
顔を赤くして黙り込んでいる者を二人が引っ張り上げる。
「ねえ、楽にしてあげるよ。限界って顔してるよ」
「つらそうだもんな。節制っていってもこれは例外だろ」
足の力が戻らないので、柱に背を預ける格好になった。
二人は内側にある手を繋ぎ、外側の手を柱に突いている。
捕まってしまった。でも、僕がうんと言わないので手は出してこない。
主導権を握ることが少ないと言われるアルマーでも、この状況では主導権は二人にあった。
アズハールとナルジスは、それぞれに部屋を用意してもいつも片方しか使わなかった。
別に驚くことでも何でもなかった。それでも、その、僕には刺激が強かった。
目の前で見つめ合い、口づけを交わすのもやめてほしい。こんなすぐそばで。
バラカは挑発として受けとめたが、どちらかというと誘惑といった方がふさわしいものだった。
「大丈夫だよ。バラカには抵抗力があるから、溺れたりしないよ」
「怖くなんかないぜ。ちょっと手伝ってやるだけだから、な」
僕は幼く見えても、子どもではない。
王の使者が為すことの本質でもあり、方法も知っている。
二人は僕を揶揄っているんだ。兄さんに訴えても笑うばかりだし。
「悪戯に乗ってもいいんですよ。バラカが気に入られていることの表れですから」
そんな風に言った兄さんは大変なことになってるじゃないか。でも、僕だって、
「……うん」
嫌いな訳じゃなかった。
二人によって押し留めていたものが解放され、再び足に力が入らなくなった。
「バラカってさ、甘さと清らかさが半々だよな」
「そうそう。少し切ない感じがするんだよね」
続けて、可愛いとか気持ちよかったんだねとか、頭上で声がする。
僕が尻もちをついたせいで気づかれたのだと思った。
けれど、最初から勘づいていて、やっぱり最初からそのつもりだったのかもしれなかった。
心のどこかで、初めからこうなるとわかっていた気がした。
だからサーリーはバラカに言付けていた。
もしも、私が部屋から出てこなければ、第7夜目が明けた時に銀花へ呼び掛けなさい。
バラカの額にある花十字は、王の使者とは別のところへ繋がっていますから。
「サダルメリク。王の幸運の星が君には宿っているわ」
そう言って、その人は現れた。
それで、バラカがちゃんと呼び掛けを行ったことを知った。
窓を開ける音がして天蓋が払われると、短く切られたカッパーブラウンの頭が現れた。
さらに近づき、黄金色に強く光る瞳に覗き込まれた。
爽快なジンジャーと異国を感じさせる香りがした。
「でも、残念。冷静なサーリーが慌てふためく様子を拝もうと思ってたのに」
「……ハフサ、そんな姿は晒しませんよ……呼び掛けに応えてくれて感謝します。
よかった……」
「素直でよろしい。そう、助けにきたのよ。ほんと3人そろって世話が焼ける兄弟だこと。
今動けるのは私しかいないの。最上級の感謝をしなさい」
「ええ……水を支配する月の王にかけて……」
「いいわね! それ!」
ハフサは快活に笑った。感謝の言葉が気に入ったらしい。彼女はいつも明朗だ。
「まあ、期待した愉しみは得られなかったけれど、
ぐったりしたあなたも色気があっていいわよ。アシュラフとは大違い。あれは無尽蔵なのよね。
色恋ばかりで呆れると思っていれば、あなたも一緒」
「アシュラフを『あれ』呼ばわりとは畏れ多い……ですが、耳の痛いお言葉です……」
サーリーは疲れた顔で微笑んだ。
「畏れ多いなんて思ってないでしょ。まあ、サクルがいたら本気で叱られちゃうわ。
何だっていいけれど、この眠り姫は私が連れて行くわ」
ハフサは、サーリーのそばで眠るジャウハラを示して言った。
あれほど蜜液で浸したというのに、ジャウハラの溢れる香りに自分のものは包み隠されている。
七夜に渡って欲望をぶつけてもジャウハラへの想いは尽きなかった。
額に口づけてサーリーは言った。本当はこのまま手離したくなかった。
「頼みます……どうか、晶の守り神の御心に沿いますように」
ハフサは最も暑い時間帯に宝石治療院を後にした。
現れた時と同じように笑って去っていったので、サーリーは安心して瞼を閉じた。
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