大祭-2 第一級の踊り子が星摘みの庭で花匂わせ意識を失う


生 贄

大祭の始まる8日前。待ちわびた宴を前に自制された静けさが漂う。

第一級の香りを内包したアルマーは、薬草区の長に伴われ、晶区の長の元へと赴く。

それは愚かにも、生贄が自ら祭壇に上る行為のようでもあった。

晶区の長に第一級と認められた後には、柘榴の実を与えられ、その身を祓い清める。

これを行う王の使者とは、個の束縛から解放され、王を通じて神に仕える者たちだった。

7日が過ぎた時、洗練された香りが立ち昇り、

アルマーは神に献じるに相応しい姿態となるのだった。

白い建物はよくあるドーム型でなく、直方体をしていた。

夕刻に訪問を告げると、ベールで顔を隠した少女が現れ、

列柱の回廊を抜けた先にある部屋に案内した。

気づけば姿を消し、次には盆に薬花茶とクロムを乗せて現れた。

主人の支度が整うまでお待ちくださいと告げ、行儀よく退室した。

街に暮らす者に作法のことはよくわからない。

ただここに来ると、丁寧が過ぎる扱いを受けていると肌で感じる。

ラバーブとは長い付き合いだが、年下の私だけでなく、弟子にすら名を呼び捨てにさせる。

それくらいでいい。丁寧にされても困惑するばかりだ。

例え、ラバーブが別の思惑を持っていたとしてもだ。

この男は、触れ合うのに邪魔となる壁を最初から作らせないためにそうしている。

粗雑な扱いをして懐に飛び込むのが早い。すぐに親しくなる。

クリスタルで作られたデザートグラスに盛られたクロムを口に放り込んで、ウルードは思った。

トウモロコシの粉に砂糖とナッツ、果物の搾り汁を加えた菓子は伝統的な練り菓子であるが、

作り手によって味も形もさまざまに仕上がる。

ここで出されるクロムは、表面をココナッツでまぶしてふんわりと白く、

特徴的な甘い風味がある。

さらに言うなら、明らかな高級品。素材のよさが嫌でもわかる。

いつからか第8番月が巡る度に味わうようになったそれは、

デザートの中でも一際美味しいものだった。

だが、美味しくあればあるほど私には毒の味がする。

一つ食べて、それ以上手に取る気になれない。

クロムを見つめても仕方ないので、アーチを描いた窓から中庭を覗いた。

広い庭だ。この国で王宮に次ぐ大きな庭だった。

中央に水路が配され、月と星を組み合わせた噴水と水盤があり、

オレンジの他に柘榴の木が植えてある。

水の流れる清らかな音と別に透き通った鐘の音がしている。

時刻を知らせる鐘の響きとは違っていた。

室内に視線を戻し、隣で好きなだけ口に運ぶラバーブを眺めた。気楽で羨ましい。

ここまで来れば、ラバーブの仕事は済んだようなものだった。

肩の荷が下りていいと思うがこれを荷と感じているかどうかも怪しい。

そのラバーブは口の中にクロムが残ったままで上手に言った。

「クロムは晶区の長の館で出されるものが一番旨い。

俺が薬草区の執務室にいる間、持ちこたえるくらいの手土産を頼むぜ。

だからクロムはこの辺で十分だ」

テーブルを中指でトントンと、独特のリズムを打つ。

すぐさま、その合図に応答があった。

「まあ、なんて言い草をなさるの。手土産ですって? 本当に食いしん坊ですこと。

支度は出来ていますわ。こちらの合図を受け流しておいて、まったく仕様のない方」

入った扉と反対の扉から女性が現れた。

「晶区の長のお出ましだ」

ラバーブは軽薄な拍手を送った。

女性は嘆息すると、気を取り直して口調を正した。

「さあ、一輪のアルマーよ。星摘みの庭へご案内いたします。私に続いておいでください」

再び列柱の回廊へ出ると、さらに奥へと促された。

青、白、金で統一された宝石治療院と異なり、

ここはどこを見ても装飾過多で目がちかちかする。

場所ごとに、競うように典雅で精緻な幾何学模様が描かれている。

美しく華やかであり厳か。こういうものを好む者には高揚させるものばかりだ。

財や交易品に興味のある商人たちはここを一見したいと願うらしい。

そしてこの国の資源の潤沢さを知る。

普段であれば、この建物は人の出入りが多いらしい。

その証拠に、人の姿がなくても活気と賑やかな気配がしてどうも落ち着かない。

私たちは館の深部へ移動した。その場所は地下にあった。

窓がないので確かなことはわからないが、すでに太陽は沈み、カンテラに火が入る頃だ。

ベールで顔を隠した少女たちが光を宿す様子に思いを馳せる。

地上の庭には多くの光が宿り、きっと美しいのだろう。

一方で、この部屋では規則的に配されたキャンドルが炎を揺らめかしていた。

天井から吊り下げられた薄布は天幕を模し、透かした布越しにベッドが見える。

大抵のベッドや寝椅子には山ほどのクッションが付きものなのに、ここには一つもない。

くつろぎを求める場所ではないからだ。キャンドルが白いタイルを浮かび上がらせる。

最後に促されたのは大理石のベッドだった。

神聖な寝所。花を匂わせ舞い踊る者を招いて儀式を行う場。

星摘みの庭は最初の儀式の場だ。

「改めて言わせていただきますわ。

あなた方にサダルメリクが宿りますようお祈り申し上げます」

こちらを振り返った女性は、ブラニッシュピンクの両目でこちらを静謐に見据えた。

白く滑らかな両肩を惜しげもなく見せ、

細やかなダイヤモンドが縫い付けられて光るドレスがふんわり膨らんだ。

胸下できつく絞った帯は首筋から体に巻きつくようにあり、足元でその先が翻る。

やや癖のあるシルバーホワイトの髪は腰まで伸ばされ、

短く切りそろえた前髪と瞳を縁取る睫毛が瞳を印象的にしていた。

「あなたの下にもサダルメリクを」

ラバーブが言い、合掌して深く頭を垂れる。それに倣ってウルードも頭を垂れた。

宝石同様に、眼色の濃い者が強い力を持っている。

ルビーレッドは王の色であり、瞳の赤は王の血の濃さと力の強さを伝えるものだった。

サーリーの瞳を思い浮かべる。

長兄である彼のルビーレッドは鮮明で、王位を逃したものの絶大な癒しの手を持っている。

末弟のバラカも引けを取らないルビーレッドだが、特別な力については未知数だ。

王その人とは顔を合わせたことがなかった。けれども8日後には彼を知ることになるだろう。

顔を上げて、再び思った。

彼女の瞳は、まるで繊細なリングの爪に留まる大粒のブラニッシュピンクの宝石だ。

ブラニッシュピンクは王位の次の位とされ、その眼色を持つ者の中から晶区の長が選ばれる。

晶区は、国の主要資源である鉱石が産出する重要な区域だ。

代々王室が管理するのは当然で、今の代は眼前に立つシャーズィヤが務めている。

「シャーズィヤ、今季の大祭に選ばれた果実はウルードだ。

アルマーの均衡に変わりはないようだ」

「毎度、お馴染みで悪いな」

「いいえ、悪いことなどございませんわ。

一度選ばれた果実がそう簡単に移り変わっていたら困りものですから。

けれど少々気になることがありますの。ですから、幾つか質問をさせていただきますわ。

ひとまずこちらへお座りになって」

「ああ」

今の酷暑期にこの石の冷たさは悪くないが、

私は硬い大理石より使い古しのくたびれたベッドの方がよかった。

促した本人が先に行き、ゆるく体を崩して座る。

気が進まないのを知ってか知らずか、ラバーブが背中を押すので同じように座った。

「晶区域で採れる鉱石の質が格段によくなっていますの。そう思っていましたら、

第7番月には星宿りの石まで見つかり、ちょっとした騒ぎになりました。

新しい者が王座に着くことに対して、天上より加護と祝福が降ったという噂がありますけれど、

私が感じるに、それは少し違うような気がしています」

「その騒ぎは俺も聞いているぜ。違うというのも、そうだ。

祭りの前に贈り物が与えられないと知っている奴にはわかる。王と切り離して考える案件だ」

「ですから、他の可能性としまして、アルマーの選定に変化があるものと考えていました」

「果実選びでおかしなことは少しもなかったぜ。有望なアルマーは見つかったが性が女だ。

それに未熟だ。今の君の体はどう見たって女じゃないか。だとすれば、アルマーは男だ。

それなら俺の判断に間違いない」

「えらく自信があるんだな」

そう言うと、ラバーブは後ろから腕を回してきた。

「お前の匂いの濃密さは飛び抜けているんだよ。複雑さもだ。どう考えたってお前だ」

うなじに鼻を近づけて匂いをかいでいる。ラバーブの気配がくすぐったい。

「……光栄だ。だが、生贄にはあまり嬉しいものではないな」

まだ質問の途中なので、ラバーブを避けようとするがうまくいかなかった。

「それではウルード、何か特別なことをされたのではないかしら。

身に覚えはありませんこと?」

キャンドルが生む光の中でも、シャーズィヤが微かに眉を動かしたのがわかった。

視線の先にはラバーブの手がある。

「いや、特別なことは何も。それに何をするって言うんだ。何もない」

「そう……幸いにして、悪い知らせではありませんから、この件は気に掛けるに留めましょう」

「ああ、そうだ。第一級かどうかは、さっさと試せばわかるさ」

「……ええ、その通りですわ。ラバーブ、あなた、気は長い方ではなかったかしら。

まったく、行儀の悪い手だこと。気が逸れてしまいますわ。

本当に好きな仕事しかしないのですから」

「好き嫌いしてる訳じゃない。これは俺らが最も優先すべきものだろ。

だいたい俺の役割はこいつらの案内人で、

後は不用意な者がシャッルに介入するのを退けることだ」

「間違いではありませんが、あなたの下で働く者が嘆いていますわよ。

小屋で長く過ごし、いつも館を不在にして可哀想ですわ。

執務室にいる間くらいクロムばかり食べていないでお仕事なさい」

「そんなことか。煩雑なことはやりたい奴にやらせておけばいい。

何のために薬草区の長になったと思ってる」

「あなたにとって、薬草区の長の手段そのものが目的でしたわね……」

シャーズィヤは目を伏せ、軽く頭を振って呆れてみせた。

礼節を重んじる彼女だが、ラバーブの自由さに憧れているのを知っていた。

だからそうなのか知らないが、ラバーブは悪びれない。

私の背後に密着したラバーブを横目で見ると、その顔にはいつもの笑顔が浮かんでいた。

だが笑顔と裏腹に、痺れを切らしているのがわかる。

途中で服の前を解かれたのがその表れだった。

片手は心臓のある方の胸に回されていた。指先が直に触れている。

まあ、水の一族が相手だったら、前置きなどなくとっくに始めている。

シャーズィヤから見えないだろうが、もう片方の手は尾てい骨近くに添えられていた。

いや、見えないだけで気づいているのかもしれなかった。

そう思うと、ついに熱い吐息を漏らしてしまった。

体はすでに高揚していた。シャーズィヤも承知している。

「ウルードが待ち切れないようですから始めますわ。

言っておきますが、ラバーブのためではありませんからね。

では、晶の守り神様の約束された祝福がいつまでも続きますようお祈りいたします。

選ばれしアルマーが柘榴の実を食せば、

その身はナジュムンドの繁栄のために捧げられることでしょう」

真正面からブラニッシュピンクの宝石に見つめられると一層高揚した。

口づけをされたなら、なおさらだ。

シャーズィヤは私の前ではいつも女体だった。

だから『彼女』と呼ぶが、彼女は生贄と対になるよう性を転換する力を持っている。

意思によるものでなく、この時期になると自然と体が変化するらしい。

それまで彼女の性は無だという。その分、今この時を熱で埋めようとする。

唇による愛撫が腹部へ達した頃、ラバーブの手は尾てい骨の先にある部分を調べていた。

肌以上にやわやわした部分を中指の腹でトントンされる。より探るようなリズムに腰が震える。

探り当てられた私の体はのけ反り、とろけ出した先をシャーズィヤが受けた。

「確かに、あなたが第一級のようですわね……素晴らしい匂いですわ」

シャーズィヤの上気した表情は幕内の女神のように美しい。

やすやすと触れてはいけない高貴さと神秘の香り。それがシャーズィヤだった。

その彼女が今――――考えると熱が生まれた。

けれども、ラバーブの旺盛さが何度も熱を鎮め、いつまでも心地よいままでいられる。

この二人となら、儀式であってもその気になれた。

天に夜半の月が昇る頃まで、私の瞳は三日月を描き続けた。

力を使い尽くした時、決まって私は意識を失った。

次には悪夢で目覚めることを知っている。

生贄とは、そういうものだ。

太陽が落ちる前にカンテラに火を入れた。

ぬるい風が吹いて、中庭の植物がさらさらと音を立てる。

今はカンテラの火によって、緑が黒々と濡れたように照り映えている。

アルマーの師が大祭の生贄に選ばれると、弟子たちは宝石治療院の扉を叩くと決まっていた。

この時期のアルマーは、いつもより体から漂う匂いが強くなるらしく、

それに気づく鋭敏な者や祭りに浮かれた者から身を守るためにここに滞在する。

「みなさんにはそれぞれのお部屋を用意しています。

食事と消灯の時間は決まっていますので、それ以外であればお好きにお過ごしください」

バラカは銀色の額飾りの光を散らして歩きながら、3人のアルマーを案内した。

昨年も彼らの師が選ばれたため今年も同じことが予想されていた。

準備は万端。変化といえば人数が一人増えたことだ。ジャウハラだ。

アズハール、ナルジス、ジャウハラ。

兄の手伝いをして彼らの名前を覚えた。向こうも僕のことを覚えてくれている。

ただ、そんな彼らを招き入れ、フードを脱いだ姿を見た時、

鼓動が速まってどうしようもなかった。

こんな風に心を抑えつけることになるなんて思いも寄らないことだった。

だって、わかっていても、すごくいい匂いがするんだ。

いい匂いは恋の匂いだ。

そして、恋は欲望の一端だから注意しなければならない。

この中でジャウハラは、最初の治療の時に顔を合わせていたし、月に一度はここへやって来る。

月に一度、新月の日にサーリー兄さんに会いに来るのだ。

僕はまだ子ども扱いされるけれど、サーリー兄さんの様子が変なことくらいわかる。

だから、このことをもう一人の兄に話した。アシュラフ兄さんに。

僕たち3人兄弟はそれぞれに母親が違う。

兄たちの母親は王族だけれど、僕だけは王の使者との間に生まれた子だった。

僕は自分が王族なのか王の使者なのかわからない。どっちつかずだ。

その中で、兄たちは僕に選択肢を与えた。

宝石治療院でアルマーの誘惑に晒されながらサーリー兄さんを手伝うか、

王の使者が住む館でいずれ王になるアシュラフ兄さんに仕えるか。

そして僕はここにいる。

どちらの兄も自分や他者を守る力を持っている。

それは月の王から引き継いだ力だけではなかった。

はあ、とため息が出た。

中庭に接した塀に両肘をついて頭を乗せた姿勢で、僕はそんなことを考えていた。

すると、中庭へ向かう人影が目に入った。

手提げのカンテラを掲げた人物はジャウハラだった。

いつもの象牙色のワンピースの裾をひるがえして消えた。

きっと兄のところへ行くのだ。

出向くのはジャウハラだが、その実、呼び寄せているのはサーリー兄さんの方なのだ。

この時間、兄は瞑想のために中庭のガゼボにいる。

八角形の屋根と柱があるだけの壁のない建物。

けれど、体を休める居心地のいい椅子があり、クッションも置いてある。

そこに兄とジャウハラがいると思うと、聞こえもしない悩ましい息づかいが聞こえた。

アルマーたちは素朴な衣服を着ているが、その下に豪勢さを隠している。

あの時、水盤に眠る清冽さと、白いローブを羽織っただけの艶やかな姿を思い出し、

僕はその場から慌てて離れた。

水音が響くほかに自然の息吹しかないはずの中庭に声がした。

声のした方角へ足を向けると、熱い吐息が交わされていた。

中庭の中央に位置する噴水を囲む水盤から現れたのだろう。

ここは水があるために、アルマーに影響を及ぼす人成らざる者が入り込むことができる。

ジャウハラは水の一族に絡め取られていた。

月の王の力を借りて、霧でできた姿を見ることは何度もあったが、

生身の水の一族を見たのはこれで二度目だ。

ジャウハラを組み敷き、貪るほどの口づけをしている。

口づけながら、片手の5本指が下腹部を過不足なく撫でている。

撫でている、などという穏やかなものではなく、目を離せなくなるほどの愛撫だ。

湿った音を立て、ジャウハラの気が高まれば高まるほど匂いが強まる。

少々過激な行いは食欲の旺盛さのためだ。

一方で、こんなところまで遊びにきて大丈夫なのだろうか、と冷静な考えが浮かぶ。

危険を快感に思う冒険心がなければ、いくら水を伝ってどこへでも行けるとはいえ、

ここまでやって来ない。

「ライラ」

「あら、やだ。見つかっちゃった」

夜を意味するライラは、極めて官能的な姿で甘い匂いをさせた。

「ジャウハラから離れなさい。ここは月の王の加護の下にあります」

「いいじゃない。だって、水の中はお兄様が見張っていて自由に遊ばせてくれないのだもの。

月が生まれて死ぬたびに、お兄様とあなたが交互にジャウハラを求めるから、

こうするしかないのよ。二人とも自分ばっかり、いやらしいわ」

ライラは不満を愉しそうに話す。

黙っていると、あることを思いついたらしい。

「こうしてみるとあなた、とってもいい匂いがするわ。

どうしてだか身も心も清らかになりそうね。

あなたのような男は知らないわ。ねえ、せっかくだから一緒に遊びましょうよ」

警戒されない程度にゆっくりと近づくが、

わかって近づかせているのよ、というように髪を引っ張られた。

口づけをされそうになったので、身を引かせた。

「隙がないのね。つまらないわ」

「美食家のあなたに誘われるのは悪い気はしませんね。

ですが、今は大祭を前にしていますから、節制を心がけなくてはいけないのです」

「人が作った規律じゃない。守るなんて生真面目なのね」

「ここは街の中です。あなたは元の棲家へお戻りなさい。さあ、ジャウハラをこちらへ」

「指図されるのはいやよ。あなたをいい匂いと思ったなんて間違いだったわ。

お兄様の方がずっと素敵なんだから!」

ばしゃん。

盛大な水飛沫と高笑いを残し、ライラは水盤に姿を消した。

びしょぬれになってしまった。頭からまともに水を被り、髪も衣服も濡れそぼった。

薄手の袖から滴が垂れる。お兄様の方がずっと素敵、か。

日中着ている院長服でなかっただけマシだった。それよりも、

「ジャウハラ、意識はありますか?」

先ほどのまま地面に横たわったジャウハラを呼び、抱き上げようとして気づく。

意識はあるようだった。目を閉じているが、耳まで赤くしている。

ライラが消えて、ジャウハラは私に見られたことを知った。

触れられた部分を隠し、脚を閉じるが、水以外のもので濡れているのは明らかだった。

あのままライラの好きにさせた方がよかったのか、という考えが頭を過る。

「……すみません。何と言うか、あなたが恥ずかしく思うことは少しもありません」

咄嗟に自分の胸にジャウハラを抱き寄せた。

恥じらう表情を見たい反面、見てはいけない気がして思わずとった行動だった。

閉じていた瞼を薄く開き、こちらを見る目の熱っぽさに息が止まるかと思った。

「……違うんです。その……」

添えた指に細い指が絡まる。

「ジャウハラ……?」

言葉にならない吐息が耳元でささやかれ、熱っぽい気持ちに駆られた。

ジャウハラの熱は一つも抜けていなかった。

「……お願い……」

深い安らぎを感じる香りをジャウハラは求めた。

しっとりと唇を合わせ、何かを取り戻すように満ちていく。

サーリーは自分の内に膨らんだ熱を押し込めながら、

ジャウハラの感じやすくなった部分を指で優しくした。

まもなく身を震わせて指を締めつけてくる。

少しして引き抜くと、か細い声が留める。

「……だめ。まだ熱いの……」

王族は大祭の前に他者と交わることを避けている。

膨らんだそれは月の剣ともいい、使えば祭りの主神となる晶の守り神の気に障ると言う。

束の間の快楽に流されてはいけない。

月の剣を使うことをぐっと堪えて、唇と舌で行った。

ジャウハラの体からようやく熱が放出されると、サーリーは安堵の息を吐いた。

そこで初めて、ジャウハラの口の周りにほのかな甘みが残っていると感じた。

ジャウハラの内から発するものではなかった。

赤く透明な果実の汁だ。果実自体は美しい深紅。

サーリーが柘榴の実と気づいた時、微笑みながら舌なめずりするライラが見えた。

 3-2