宝石の娘-5 夜から帰還したお祝いに浄化の宝石箱が贈られる


祈 り の 小 箱

中央市場にはチャイハナと呼ばれる喫茶ができる場所が多くあり、

店舗を持つものから露店、即席のものまで様々だ。

地元の者が気楽に集まる店もあれば、訪れた旅人や商人を相手にする店、

決まった客を相手にする高級店もある。

旨い茶があればそこはいつでもチャイハナになり、くつろぐことができれば言うことがない。

房付きのクッションやクロスが掛けられたソファ、使い込まれて滑らかになった椅子。

月や星々、植物を描いた模様は繊細で、散りばめられた宝石ビースがきらきら光る。

チャイハナを見掛けると立ち寄りたくなるもので、それが馴染みのものであれば尚更だった。

もうそろそろ街のみなは休憩をとる時間だ。どこかで体を休めたい。

ヒバのチャイハナは、元々は取り置き屋であったが、

そこで出される薬花茶やっかちゃが絶品だったために、

今はただのチャイハナと思って訪れる者が多かった。

その証拠に、店の扉に描かれた茶葉の刻印は新しく、鍵穴の刻印は古びていた。

「サダルメリクを」

短く挨拶して店へ足を踏み入れる。

吹き荒れていた風は大人しくなったが、灼熱の太陽の下にいたせいで、

屋内はただそれだけでひんやりと心地よく感じる。

よい香りのする茶と甘い菓子。くつろぎやすく配置されたテーブルと椅子。

旨い煙草などの嗜好品もそろい、つい長居をしたくなる。

月と草木の蔓模様が描かれた茶器が目の前に差し出された。

取っ手はなく、中程がやや狭まり、吸い口が底面と同じくらいの大きさの円を描いたグラスだ。

チューリップの形とよく言われるが、店主のヒバはいつか、

美しい女性を連想すると言っていた。

それが、豊満な胸と腰、引き締まったくびれを持つ女性の体を示すことに気づいたのは

しばらく経ってからだった。

お茶が注がれたばかりのグラスは、透き通った硝子に熱を溜め込んでいる。

「暑さに疲れた体によく効くよ」

カウンター越しにヒバが言い添える。

ジャウハラはフードを被って俯きがちの顔を上げてお礼を言った。

暑さのせいだけではないが、最近火照らせてばかりいる体にも効果がありそうだ。

不意に穏やかな雨が香ったかと思うと、マタルの肌の感覚が呼び起こされた。

雨の香水が移ってしまったのかもしれない、と少し気に掛かる。

それを紛らわせるように店内を見渡した。

店に入って目を引くのは、カウンターの奥の壁面に造り付けられた棚だった。

そこにはよく使い込まれた美しい茶器が並んでいる。

一見同じようでも模様や形状に細やかな違いがある。

ジャウハラはただ眺めたり、違いを探したりする遊びをして時を過ごしていた。

マタルの用事が先に済んだために、アズハールとナルジスが到着するまで待っているのだ。

カウンターを離れたヒバは、テーブル席に座った他の客に注文の薬花茶を出している。

「次の大祭は新しい王が執り行うらしいぜ」

「へえ。ということは王の初めての大祭ってことか。月の王の再来と噂されるあの王だろ。

ナジュムンドに実りを、豊かさを。これは華々しくなる」

「ああ、間違いなくそうなる。外からも見物人や商人がやってくるだろう。稼ぎ時だ……」

噂話に耳を傾けるが、いつもより華々しい祭典であれば、

その時期の外出は控えることになるだろう。

ただでさえ身をひそめて暮らしているのだ。

街中が賑やかになり、

浮かれて羽目を外したくなる気分にさせる物事には気をつけなければならない。

けれどまだその時ではない、と熱々のグラスに口をつけた。

チャイハナは喫茶の場であるが喫茶におしゃべりはつきものだ。

ヒバは人好きで、話し手であっても聞き手であっても相手を満足させる。

取り置き屋という性質上ここには正確な情報が集まり、それを求めて訪れる者も多い。

物や伝達を預かることを主とするが、値のつく情報も商品として取り扱う。

高値でなければ、だいたいは一杯の茶の価値に等しい。

利益があり、信頼でき、良心的であること。

それとは別に、当然にして、おしゃべりを目的にする女性たちも集まる。

「ヒバさんって優しいものね。それに落ち着いた声が心地いいわ」

そう言うと、それだけじゃないんだぜ、と前にアズハールが言っていた。

話し相手以上の親密な関係を望むんだ。だってさ、見た目があれだろ。女性の扱いも慣れてる。

優しいくせにいいところを突いてくるし。きっと寝所でも、さ。

とにかく異性にもてはやされるっていうのはああいうのを言うんだぜ。

「じゃあ先生は? 先生ってすごく綺麗だもの」

ジャウハラの質問にアズハールとナルジスは顔を見合わせた。

ジャウハラにとって関わりのある者はごく少ないが、

身近にいる師は眩しいくらいの美貌の持ち主だ。

あまりに綺麗なのは敬遠されるから、もてるとは少し違うんだよ、とナルジスが応じた。

それに先生もアルマーだから、と付け足す。

物好きは多い、と言うアズハールは笑っていた。どこまで信じていいのかしら。

人との接触を限りなく避けてきた私と違い、二人は師に引き取られるまで市中で暮らしていた。

だから、アズハールもナルジスも私より外の世界を知っている。

「サダルメリクを」

そう言って、その客は入ってきた。

ヒバはテーブル席から言葉を返し、戻ってきて改めて声を掛ける。

ジャウハラの席から一つ空けた隣に座るが、きりっとした華やかな香りがした。

ショールを被っているため顔は見えないが、美人であることが自ずと想像できる雰囲気がある。

噂話をしていた男たちも新しい客に注意を引かれている。

すらりとして、物腰や仕草に優雅さを秘めている。きっととびきりの美人だ。

彼女もヒバを目当てに訪れたのかしら。その、親密な関係を望むという意味で。

寝所で……と考え、触れ合う様を想像しそうになり、はっとした。

彼女がこちらに向けてふっと笑った気がしたのだ。

どうやら他人を観察し過ぎてしまったようだ。

恥じらう気持ちになり、お茶を飲んで顔を俯けた。

二人はまだ着かないのかしらともどかしく思いながら、

新しい薬花茶を注ぐヒバの手元を眺めた。

もう間もなく街は休憩に入る。外を出歩くには厳しい時間帯でもある。

噂話をしていた男たちが席を立つ。けれど彼女はこんな時にやって来た。

つまり、すでに親しい間柄に違いなかった。しばらくここに留まるつもりなのだ。

再びサダルメリクの挨拶が扉口で聞こえた。

象牙色のマントの二人組であることを確かめると、ほっと肩の力が抜けた。

「ヒバさん、預かり物を受け取りに来ました。それと、この時間なので裏を貸してください」

ナルジスはヒバにだけ見えるようチョーカーと顔半分を晒した。

客の目に触れないよう注意する。

「どうぞ。預かり物もそっちへ持って行こう」

「お願いします。ジャウ、こっち」

「ヒバさん、ありがとうございます。ジャウ、お待たせ。予想より早かったな」

言ってアズハールが手招くので、ごちそうさまと口にして二人に歩み寄る。

「そうなの、早く済ませてもらったの。行こう」

できるだけ手短にやりとりし、ヒバから鍵を預かった象牙色のマントの3人は店の裏へ回った。

店に残った彼女は、何とはなしに3人の背を目で追っていた。

ナルジスは、店の裏手にある木製扉をマスカットグリーンの石を冠した鍵で開けた。

飴玉の形をした結晶は、店主の瞳の色と同じく爽やかでいてとろみがある。

この鍵は裏口のもので、ヒバの首に掛けてある表口の鍵には白い光の帯が入っていた。

内部反射による光の帯は猫の目を思わせ、三日月様の瞳をも連想させる。

調合師である店主も力を使う時は同じようになり、

優しく微笑むあの目も無情の鋭利さを帯びる。

扉を開けてナルジスが先に入り、ジャウハラとアズハールも後に続いた。

そこを抜けると中庭になっていて、囲むように部屋が並んでいる。

鍵はもう一つあり、裏口の鍵より小粒の石を冠して数字の3が刻まれていた。

「そういえば、いつも3の鍵だね」

「裏を使う時はいつも3人で現れるからって。ヒバさんが言ってたわ」

「へー。神聖神秘の3だろ、いいじゃん」

3が振られた部屋へ入れば、幾分見慣れたテーブルと椅子、奥に広々としたベッドがある。

「ヒバさんって私たちのことをどこまで知ってるのかしら」

マントは羽織ったままだが、

ヒバの前ではフードを脱いでいい決まりだったので3人ともそうする。

「さあ。少なくとも、先生と俺たちがウルード煙草を作ってることは知ってる」

「そうだね。

僕たちにはこんな時の隠れ場所が必要だから、アルマーってことも知ってると思う」

そんなことを話していると、扉を叩く音がして当のヒバが大きな銀の盆を持って現れた。

腰に部屋の数だけの合鍵を提げているため、重なり合ってシャラシャラと音を立てる。

盆をテーブルに置くと、ローズシロップがほのかに香った。

銀の水差しとデザートグラスが人数分。そして包みが一つ。

「包みはドゥアーから預かりものだ。他の部屋は誰も使ってないから中庭に出ても平気だよ。

今日はね、柘榴とローズシロップのミルクプディングだ。

ローズシロップは君たちのところのローズウォーターを使ってるんだよ。

シロップには蜂蜜と檸檬も加えてる。

あとは、トッピングに柘榴とラズベリー、ローストしたアーモンド」

「わあ、ヒバさんのデザートだわ。嬉しい」

「綺麗ですね。ひんやりして気持ちいい」

「うーん、旨そう。さっすがヒバさん」

「そんな風に喜んでくれて嬉しいよ。特別なものだからね、どうぞ召し上がれ。

じゃあ俺は表へ戻るけど、ゆっくりしていきなよ」

退室する前にナルジスは布袋を渡した。中には預かり物の手間賃が入っている。

それとは別の布袋はデザートの代金だった。

ヒバがいなくなると、3人は椅子に座り直した。

「ドゥアーの預かり物なら中身はやっぱり宝石箱かしら。

二人とも自分の宝石箱を持ってるものね。羨ましいわ」

「羨ましい? ジャウはそう思うんだな。ナルジス、もういいよな?

先生もいいって言ってたし」

「ああ。早速だけど、ジャウに見せたいものがあるんだ」

「どういうこと?」

ジャウハラは二人の顔を見比べて小首を傾げる。

僕たちにとって妹とも思える存在は、そんな仕草がとても可愛らしい。

「ジャウハラ、おめでとう! 水合わせの夜から帰還したお祝いだよ」

「おめでとう! 先生と俺たちからの贈り物だぜ。包みを開けてみろよ」

驚くジャウハラを促し、包みを解くように言った。

「知っての通りドゥアーの宝石箱だよ。ジャウハラのために注文したんだ」

それは全体にラピスブルーの色をしていた。

「サマルと同じ色……」

ジャウハラのつぶやきは、驚きの中に甘やかなものを漂わせていた。

こうして贈られる宝石箱は、不思議なことに水合わせの相手と符合することが多い。

僕たちの時もそうだった。

僕は、凛としたガーダを思わせるムーンホワイトの宝石箱を持っている。

ガーダは僕の水合わせの相手だ。

アズハールの相手は明るい性格のムニーラ。だから、トパーズイエローの眩しい宝石箱だった。

宝石箱の作り手は詳しいことを何一つ知らないというのに、そんな偶然が起きる。

僕もアズハールも、師からジャウハラの水合わせの相手のことを少しだけ聞いていた。

サマルとはジャウハラの番いの名だった。

水の一族の首領と知って驚きもした。

そんな相手と水合わせを結んだジャウハラが宝石箱を手にしている。

月と星と白い木。

縁取りは金に飾られ輪を描き、

蓋の真ん中と側面にヴァイオレットブルーの宝石を埋め込んでいる。

蓋を開けると、ラピスブルーの天井にビロードのクッションが敷かれている。

証書のカードには『浄化の祈り』とドゥアーの直筆がしたためてあった。

ナルジスの胸に、恋焦がれる気持ちと同時に過去の痛みが沸き上がった。

宝石箱の注文のためにドゥアーの工房へ行った。

その時の彼の態度は相変わらずそっけなかった。

僕を救ったくせに、彼は見返りを一度しか要求しなかった。

その一度もこっちが押し通して叶ったのだけれど。

ドゥアーは不愛想な反面、見せかけの優しさを嫌う。

彼が僕を許容した夜のことを思い出す。

果実と花の匂いが交ざり合って、胸が高まった瞬間を。

肌の触れ合いをすれば、隠されていたその人の本質が自然と浮かび上がってくる。

いつだって僕は、どんどん狂暴になっていく相手を受け入れる側だった。

けれどドゥアーは全然違った……あの時のことを思い出すと、今でも体が熱くなる。

それなのに、彼と触れ合ったのは一度だけだった。

あんなにそっけなくしなくてもいいのにさ。

切ない気持ちになるが、彼と話すと同じくらい心が躍った。

その気持ちが顔に出てしまったのか、隣に座るアズハールが手を握ってきた。

ジャウハラの前で兄貴ぶっても、僕には口を尖らせてみせるのだからアズハールは可愛い。

今の僕にはアズハールがいる。そう思って手を握り返した。

宝石箱の注文内容は、師から預かった小箱の修繕だった。

それに、清浄な力を新たに吹き込むというもの。

成人とともに贈られるピアスを入れる器はただの容器でなく、

宝石の効力が弱まった時や汚れを払う浄化のためにある。

従って、力の込められた宝飾品の保管に使われ、

その手の宝飾品が一つでもあれば揃えて持つものだ。

ドゥアーはナジュムンド屈指の細工師だ。僕は誰よりも優れていると思ってる。

そんなドゥアーの宝石箱がジャウハラの手の中にあることが誇らしい。

「ありがとう」

ジャウハラはそう言って、とても嬉しそうに笑った。

ヒバは空の盆を持って表へ戻った。

お祝いだからとナルジスとアズハールに頼まれて特別なデザートを作った。

自分で食べるより人に食べてもらう喜びは何ものにも勝る。

薬花茶のふるまいも同じで、お陰様で祖父から引き継いだこの店も繁盛している。

嬉しそうだ、とカウンター席でくつろいでいたショールの人物が指摘する。

今はショールを脱いで無造作にそばに置いている。

「わかるかい? あの子たちが喜んでくれてね。それにデザート作りは愉しいから」

「ああ、旨そうなデザートだった。俺も交ざって食べたいくらいだ」

交じるのは困る、とヒバは内心思った。表情には出さないようにする。

大袈裟な身振りをするたびに、アシュラフのシルク質の髪がさらさらと揺れた。

その色は美しい白銀だ。

月の王の血を引く証であり、瞳のルビーレッドがそれを確たるものにする。

「で、さっきの子たちは何者だ? みな綺麗な子だった」

「そう? 街の子だよ。成人するかしないかそれくらいだ。まだ幼い」

「街の? 本当に? ヒバ、何か隠しているだろ」

考えを読もうと、こちらの目を覗いてくるので俺も覗き返す。

こんな風に街へ繰り出す時、アシュラフはいつも無造作な格好をする。

今日のように女装紛いの時もある。

ふざけているが似合ってしまうから性質が悪い。

唇に紅を乗せ、女性を思わせる動作と香りに相手は騙される。

これでも生来の華やかさを抑えるのに苦心していると知っているので驚くしかない。

目立ち過ぎるのも考えものだった。

「取り置き屋だからね、俺は色んなことを隠しているよ。

アシュラフの知らないことをたーくさん。

まあ、あの子たちが綺麗なのは否定しない。でも、顔まで見えなかったくせに」

「見なくともわかることもある。そういえば、さっき首元の証を見せていたか。

ということは、師に従う者だ。それにあのマントにしみついた匂い」

記憶を手繰り寄せ、匂いを蘇らせる。

「薔薇だな。ウルード煙草の者か」

「どうかな。ウルード煙草を愛好する者かもしれない」

「ふぅん。あれだけ匂いの純度が高いっていうのに?

ただの愛好者でも綺麗な子ならお近づき願いたい。

愛好者でないなら、それこそ大いに興味がある」

「覗いてはだめだよ」

「少しならいいだろ。『もしも』が当たればいいネタになる。あれは兄の専有事項だからな。

弟が言うには、あの兄の様子が最近どうもおかしいらしい。

考え事をしたりぼんやりしたり、そんな風に。

あれだけ癒しを施しておいて今更初恋でもないだろうに。一体どうしたんだか」

「何にしろ、今はここで預かっているんだ。手を出さないでくれ」

「なぜだ? いずれ兄よりもこの国の誰よりも深く知ることになるんだ。

それにもう次の大祭が近い。その時には嫌でも正体を知る。

多少早まったとしても変わるものか」

「言っても無駄だった。どうして今日この時に訪れたんだ」

「話のわかる奴は大好きだ。俺は幸運に愛されているからな。時機にも恵まれている」

「穏便に済ませてくれよ」

「ああ、わかっている。ほんの短い間、夢の中に忍び込むだけだ」

アシュラフはとびっきりの笑顔で応じた。

ヒバはため息をついた。

綺麗な容姿をした小さな3人は、ベッドに寝転がってすぐ夢の底に辿りついた。

漆黒の睡魔は千変万化して姿を現すらしい。

今は山羊の角を仕舞い、ショールを纏って華やかな香りをさせていた。

「やあ、可愛らしいお嬢さん。初めまして」

ジャウハラはショールの人物と思ったが、一方でさっきの人物とは違うようにも感じた。

「君とのアンニザームは必ずかけがえのないものになるだろう」

違和感を覚えたのはその口調だった。男性のものだ。声も言葉も仕草もすべて。

「君の匂いの純度に惹かれてしまった。芳しい匂いだ。美味とはこういうことを言うのか」

ショールを払いのけて現れた姿は予想どおり綺麗としか言いようがなかった。

予想以上であったのは、それが圧倒的な美しさを放っていたことだ。

師と同じか、それ以上に綺麗な人をジャウハラは見たことがなかった。

本当のところ、綺麗という言葉では言い表せないでいる。

白銀の輝きと美しさに言葉を失う。それに上品で贅沢な匂いに魅了される。

けれど、どこか見覚えがあった。瞳に赤い三日月が浮かんでいる。

赤い三日月……?

男はジャウハラの手を取って、唇をあてた。

「少し話をしよう。休息に伽の相手は必要だろう? 退屈そうにしていたからね」

「……もう退屈なんてしてないわ。あなたは誰なの……?」

「誰かって? そうだな、何者かと答えるならば俺は少しだけ神に近い人間だよ。

そう考えると、君たちと似ているだろう。

綺麗な花模様を隠している君たちと。ねえ、花模様を見せてごらん。

素晴らしいものだって聞いているよ」

ジャウハラは男の言葉より唇の触れた部分が気になった。

そこが、とても熱い。

「どうしたんだ。これは……驚かせてしまったなら悪かった」

ぞわぞわした衝動が駆け上がり、体が震える。

「ああ、君はとても繊細なんだね。どうか心を落ち着けてほしい」

今にして気づいたことだけれど、口覆いはおろか、マントも被ってなかった。

姿が晒されている。

「君に似たあの女性も、ものをよく感じ取る人だった。

ただ、君の匂いはあの男に近いものを感じる。まだ同じ段階に達していないようだが」

こんな風に見定められることは初めてで、マタルにされた以上に体が火照ってしまう。

でも、それより何より、手が……。

それに、男は早くも花模様の場所を探り当てた。

「思った通りだ。美しい模様だ。花はナランキュラスか。だが不思議だな。

本当に大人のアルマーなのか?

花模様が重ねられているというのに無垢の色を帯びている。俺と正反対だ。

ねえ、熱が溢れるなら少し踊ってみないか? 君がどんな風に踊るか興味がある」

花模様に注がれた視線にジャウハラはますます体を熱くさせた。

「おや、酷い熱だ。こんなにも無垢でちゃんと放熱できるのか?

踊る準備はできていてもこれでは……俺が君の相手をするのは大歓迎だが」

男は目を細めて笑った。

「そんなことをしたら、あちこちで叱られてしまう。

君は独りではないから彼らに任せるとしよう。今は惜しいがまた会えるだろう。

可愛らしいアルマー。次に会う時は君の声をもっと聞かせておくれ」

午睡の最中にジャウハラは目を覚ました。

勢いで上半身を起こし、自分の体を両手で抱きしめて丸まった。

「……ジャウ? どうしたんだ?」

隣で眠っていたアズハールが眠気眼で問い掛ける。

窓の外の明るさからして、まだ出歩くような時間ではなかった。

「あ、あ……やだ、何……」

自分の体が変だ。手が熱い。額も。

動悸が激しく、息をするのも苦しい。

「様子が変だ。熱がある」

同じように眠っていたナルジスは、さっと起き出してジャウハラの額に手を当てた。

「あつ……っ」

「これ、どう見たってさ……匂いが溢れてるよな。

さっきまで何ともなかったのに、欲求が高まってる」

アズハールも起き出し、ジャウハラの肩を優しく抱いた。

「原因はわからないけれど、僕たちで何とか冷まさなきゃ」

「放熱すんの? ってそれしかないよな。ジャウ、我慢してくれよな」

「……うん……」

声がかすれ、体を熱くしたジャウハラの瞳は潤んでいる。

アズハールとナルジスは生唾を飲んだ。

そのことにびっくりして顔を見合わせる。

二人が思ったことは同じだ。

「先生や院長みたいにはできないぜ。ここ、体の力を抜いて」

「……わかった。ん……」

アズハールは向かい合って指と舌を使い、ジャウハラの柔らかな部分を愛撫する。

「どう? 気持ちいい?」

「……うん……先生や院長って……二人も院長の癒しを受けたの……?」

「まあな。俺もナルも弟子になった時は酷かったから。最初と、それぞれの水合わせの日に」

「そうだよ。ジャウの水合わせの日には先生も受けているはずだよ。

こんな風になったら僕たちは困ってしまうからね」

ナルジスはジャウハラを後ろから抱え、唇で首筋を、手で膨らみに触れる。

「熱、下がりそうかな?」

「……うん」

静かに、部屋はジャウハラの匂いで満たされた。

可愛い妹と思っていた少女はもう少女ではなかった。

同じアルマーですら惑わす匂いに、二人は朦朧とした。

熱い滴を流すジャウハラは、それでも少しずつ熱を放出していった。

3人は夕闇時に微睡み、街が青くなる時刻に再び目を覚ました。

夢の中に現れた男のことはすっかり忘れてしまっていた。

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