宝石の娘-2 満月の夜に水の一族と契りを交わした娘は花開く


満 月 の 夜

一日の最後の陽が沈もうとしていた。

丸く切り取られた窓からオレンジ色の陽が差し込み、少女の白い面を照らした。

閉じた瞼とシーツの中で軽く上下する胸。

傍らの男は椅子に座って書物を開いていたが、ずいぶん長い間ページはめくられていなかった。

男は考え事をやめて、書物を閉じた。

ベッドで眠る少女の額を指先で撫でる。そこには色香の石の刻印がある。

アルマーであることの印だ。

ジャウハラは瞼を微かに震わせて目を開いた。

「ああ、起こしてしまったね。気分は悪くないか?」

そう問われ、ジャウハラは酷く咽喉が乾いていることに気づいた。

どうしようもなく悲しい夢を見ていた。

けれど、どんな夢を見ていたのか忘れてしまった。

次の瞬間には、ベッドに寝かされていることを知り、

今まで入ったことのない部屋にいることに思い至った。

気だるさを覚えながらも上半身を起こすと、乾燥させた薔薇がそこここにあるのが目に入った。

師の部屋にいることに驚き、そして王の使者の一件が蘇った。

オパールレインボーの瞳と乱暴さを思い出し、怖くなって自分の腕を抱いた。

体の奥に熱い痺れが残っている。

得体の知れないものを感じ、不安に瞳を揺らした。

その時になって、師の顔に陰りが見えた気がした。

「先生、わたし……」

言い掛けて、師の問い掛けを思い出して言葉を探す。

「ううん、気だるさはあるけれど大丈夫です」

今夜は満月だ。夜に薬草摘みに出掛けるはずだった。

「そうか。少し体温が上がっているのは気づいているか? 咽喉が乾くだろう。

ほら、頬も唇も、花開いたばかりの薔薇のようにほんのり色づいている」

ウルードはジャウハラの頬に片手を添えた。

「こんなにも……」

そのまま慈しむように唇を重ね、色づいたそれを時間を掛けて舐めた。

王の使者の魔法の痕跡を拭いとるかのように。

そうすれば、心に浮かんだ沙嵐が去っていく。

その内にも太陽は山影に隠れゆく。少しの間、ため息に似た吐息が漏れ続く。

体の中に残った乾いた刺激が薔薇の潤いにぬり替えられる。

「今夜、水合わせを行う。もう意味がわかるね?」

ジャウハラは胸の動悸を抑えながら、師の言葉が示すことを考えた。

王の使者、体温の上昇、水合わせ。

予定していた薬草摘みは、最初から水合わせと決まっていたのかしら。

王の使者に対する師の不機嫌さを考えると、こんなつもりではなかったのだろう。

そう思うことができたから、ジャウハラは少し安堵した。

「はい」

答えを聞いたウルードは、細い首を飾るチョーカーのアクアマリンに触れた。

「これに力を込めよう。闇とも思える水底で迷子になっても、私の元へ帰れるように」

師は息を吹き込むようにし、恐怖とは別の感情からジャウハラは体を震わせた。

太陽の気配は薄まり、街は青く沈み始めた。

やがて夜になる。

太陽を隠した山脈の裾野には種々多様な薬草が豊かに育つ地域が広がっていた。

今では天然の薬草庫と呼ばれ、月の王が歩いたために、

草木が盛んに喜びの歌を歌い形成されたといわれている。

象牙色のマントの4人は、帯状に広がる天然の薬草庫のとある場所へ向かっていた。

市街地から水路を小舟で行き、人の手が入れられた薬草区を通り過ぎる。

薬草区の最も外れに白壁の小屋があり、小屋の前にはこのような立て札があった。

『ラバーブの薬草園入口』

『これより先は許可無き者の立ち入りを禁ず』

『これっぽっちも命が惜しくない者はどうぞご自由に』

小屋の中では飄々とした男が、雲を形づくる自慢の煙草をくゆらせ、

鼻歌でも歌っていることだろう。

問えば大きな地図を広げ、目当ての薬草がある場所を教えてくれるし、

道案内も請け負ってくれる。

しかし、ここから先がラバーブの所有地という訳ではなかった。

ここはもう天然の薬草庫にあたり、薬草区はその末端に過ぎない。

ラバーブは自分の庭のように好き勝手に歩き回るが、

ここを過ぎれば住む世界が違うことを知らなければならない。

この先には幾つもの泉があり、それを好む水の魔族の棲家となっていた。

彼らは悪戯好きの気まぐれ屋で、人の命などぞんざいに扱う。

月明かりの下、頭数の増えた一行は泉を目指した。

先頭にラバーブ、次にウルード。

月が出ているとはいえ夜である。足元も草木が生い茂り、道ともいえぬ獣道だ。

しかし二人の歩みに迷いはなく、どんどん進んでゆく。

その後にジャウハラ、アズハール、ナルジスの順に続く。

ジャウハラは熱を帯びた体で息を弾ませながら、先を行く師に離されないように足を急がせた。

「もう着くはずだ。俺たちが行けるのは泉の近くまでだからさ」

後ろのアズハールが追いついてきて隣で話し掛ける。

「ジャウなら平気さ。でも油断は禁物だぜ。いいか、帰り道を見失うなよ」

肩を軽く叩いて、後ろへ下がると元の距離を保った。

アズハールの触れた肩越しに、ナルジスも励ますように頷いたのが見えた。

二人はすでに水合わせを終えている。

ジャウハラの額には刻印がある。知らなければただの傷跡にしか見えない無垢の刻印だ。

アズハールは足首に、ナルジスは背中にあるが、二人のそれには綺麗な模様が重ねられている。

色香の石を持って生まれた私たちは、水合わせの儀を経て成人とみなす。

それは、私たちが生きのびるための儀式であり、

王の使者の口づけはその始まりを告げるものだった。

あの唇は否が応でもアルマーに熱を生み、水の一族に触れる準備を整えさせる。

同時に素質判定も行ったはずだ。

一体、あの王の使者はどんな内容の報告をしたのだろうか。

事が進んでいるのだから、ひとまず一定の条件を満たしたと思っていいのだろう。

思いを巡らせていると、突然に視界が開けた。

すでに誰の背中もついてくる者の姿もない。

そこには月の光に照らされた泉があった。

水面近くは金色の光を通すほど澄み、手の届かない深みには黒々とインク色に沈んでいる。

息をひそめているが、隙を見せれば、たちまち底へ吸い込まれてしまいそうだ。

ジャウハラはフードを払って泉に向けて呼び掛けた。

「水を司る一族よ、月夜に領域を侵すことをお許しください」

水面に映る自身の瞳を覗けば、三日月様に変化していた。

いつもの自分でない姿は恐ろし気で、同時に収拾がつかず大きくなっていく高揚感が荒れ狂う。

けれども、それを抑え込むのよ。

自分に言い聞かせる。

「この夜、この酩酊の泉で、水合わせの儀を行います。

一片の踊り子を成熟へとお導きくださいますよう」

酩酊の泉、そうだったのか。

作法に従い言葉にして、初めてそうと知る。

見つめる先の水面はあまりに静かだったが、波紋に気づいた時には辺りの空気が変化していた。

師が触れたと同じ頬に、しとやかに手が添えられた。

「未成熟な宝石の娘よ。あなたが新しいアルマーね。

甘く瑞々しい……とてもいい匂いがしているわ」

泉の中から現れた者は、青みを帯びた長く美しい黒髪を持ち、

薄霧でできた闇色のドレスを纏っていた。

ラピスブルーの瞳。夜に映える白い肌。艶めかしい姿態。

それは美しい水の一族だった。

これ以上ない魅惑の女は、ジャウハラの頬を両手ではさみ、

しばしうっとりとして艶然と微笑んだ。

「極上の匂い! いいわ、わたしがあなたを導いてあげる。だからわたしの前で踊りなさいな」

短くもない間、つまり存分と。

陶酔する行為に及んだ後に、女は抵抗を忘れた少女とともに泉へ身を沈めた。

もういいでしょ? 二人っきりになりたいの!

泉から現れた女は、口にせずともこちらに伝わる仕草をして、

ジャウハラを連れて水の中へと消えた。

目の前で繰り広げられていた女たちの戯れの間、男たちは木陰に隠れて息を殺していた。

水の一族は気を削がれることを何より嫌う。興醒め、それだけで殺すに足る理由になる。

そんな理由で機嫌を損ねられていては命が幾つあっても足りない。

そう思いながらウルードは呟いた。

「ライラか。相手に不足なしだな」

「不足なし? おいおい、いきなり手強い相手だぞ。あの娘がライラと渡り合えるか?

あっという間に自我を手放してたろ」

隣にいるラバーブが言う。

「今はいいんだ。手強いことに違いないが、ジャウハラが大物を呼び寄せたに過ぎない。

あれでいい」

マントを脱いだジャウハラは装飾的な薄絹のドレスを身に着けていた。

上品なレースで飾ったとしても、胸元も背中も大きく開かれ、

誘惑するためのドレスであることに変わりない。

可愛らしいとばかり思っていたが、

剥き出しの肌と体の線の美しさにある感情を覚えずにいられなかった。

とはいえ、ライラを呼び寄せたのは色欲ではなく、

ジャウハラから発せられる甘く瑞々しい匂いだ。

まさに食欲だった。

神であっても魔であっても、食うのは魔力だ。

神族に近い水の一族は、我々以上にあの匂いに強く引き寄せられることだろう。

強く、そうだ。

その手の内に弟子を放り込むのはいつまで経っても慣れることがなかった。

戻ってくる保証はないのだから。

「何だ、あれでいいって言ってるくせに心配な顔をしてるぜ」

ラバーブが声を立てて笑うので、ウルードは舌打ちして答える。

「当然だ。シャッルは我々より年長のくせにまるでガキだ。上級のライラはその分おっかない」

「大方同じ意見だよ。それにしたって、いつ見てもやらしいな。

あっちの弟子らも相当な色気だったのを思い出すよ。

眼福とはいえ、こんな状態で長くいるとどうにかなっちまいそうだ」

ライラはライラで、シフォンに似たものを身に着けていたがほとんど露わといってよかった。

緩慢に年をとるために、いつまでも若々しく引き締まった肉体を持つ。食欲も旺盛だ。

ライラの妖艶な姿と、可憐な中にも欲望を刺激するジャウハラを見ていたラバーブは片手で

目を覆って、堪えるようにため息をついた。

月明かりの下で行われた大胆なやりとりは、もどかしいほどに艶めかしく、

柔らかな肌の触れ合いは唾を引くばかりだ。

ジャウハラはライラのお気に召すだろうか。

あれだけたっぷりの前戯だ。殊の外、水合わせを終えるまで時間が掛かりそうだ。

いつ終わるともしれない時を待つには手に余る熱がわだかまっている。

隣にいるラバーブを盗み見ると、同様の始末だ。

この男が水の一族の領域を自由に歩き回ることができるのは、

あの貪欲な連中とつかず離れずの良好な関係を保っていられるためだった。

アルマーでもないのによくやる。

ラバーブがこちらの視線に気づくと、察しのいい男はウルードの考えに思い至ったようだった。

ファントムホワイトの瞳が細められ、共犯めいて笑う。

溜まった熱を発散させるには手頃に愉しめる相手だ。

おそらく、水の一族もそう思うのだろう。

「わたし、あなたが好きになったわ。とっても気に入ったの。あん、本当にいい匂い」

目の前の美しい女はジャウハラの胸に顔をうずめた。

その胸は、成長し切っていないとはいえ、十分な膨らみと柔らかさがあった。

「名前を教えてちょうだい。わたしはライラ。

酩酊の泉はわたしたち一族が棲家にしているの。いいところよ」

ジャウハラが気づくと水の中だった。

不思議なことに息ができ、相手の声もちゃんと聞こえている。

熱くなった体がぶるっと震えた。

気持ちがよくて……どうやら意識を手放してしまっていたようだ。

「……ジャウハラ、私はジャウハラといいます」

熱っぽくて苦しい。呼吸はできているのに溺れる感覚に襲われた。

でも大丈夫。

胸の奥にアクアマリンの灯火ともしびが見えている。

先生、名前も帰り道もちゃんと覚えています。

「素敵な名前」

ライラはそう言ってじっくり口づけた。

甘く濃密なものに飲み込まれてしまいかねない口づけだ。

「ねえ、もっといいことをしましょう。もっともっとあなたのこと知りたいの。

でも、わたしたちもう十分仲良しって言えるでしょ?

わたし、お兄様のことも大好きなの。あなたがお兄様と仲良くなったら嬉しいわ。

だから会いに行きましょう。みんなでいいことをするのよ」

返事も待たず、ライラはジャウハラの手を強く引き、さらに底へと向かった。

底へ、底へと――――

「お兄様!」

ライラが片腕を振って呼び掛けると、細やかな輝きを放つ水の泡が生まれては消えた。

呼び掛けた先には、彼女と同じ青みを帯びた黒髪の男がいた。

「わたしのアルマーを紹介するわ。ジャウハラよ。とっても可愛いでしょう。

すごくいい匂いがするの」

ぼんやり遠くを見つめていた男は、近づいた者たちに気のない返事をして、

のんびりとこちらへ目を向けた。

彼らの顔つきは似通い、長身で官能を刺激する体をしている。

けれど、精力的なライラと比べ、男はどうも気だるげだ。

同じような薄物を片方の肩から腰、足へと纏わせている。左腕の腕輪が静謐に光る。

ライラは男の前へジャウハラを突き出し、その後ろに身をすり寄せた。

「本当だ。いい匂い」

鼻先わずかという至近距離で二人の視線が絡む。

ジャウハラは唇が触れると思った。けれどそうはならなかった。

「お兄様も気に入ると思うの。ねえ、見て」

ライラは、ジャウハラの薄絹の前開き部分へ手を差し入れ、柔らかな膨らみを見せつける。

膨らみの外側から揉みしだき、中心を指先で転がす。

「あ……っ」

声が漏れる。

「やっぱり可愛い。早くしたくてたまらないわ」

「ふーん」

男は、熱と戯れでとろんとしたジャウハラをゆっくり眺めると、腰骨の辺りに手を置いた。

ごく自然に腰を引き寄せる。

「ライラの言うとおり、何だかいいねえ」

「ほらね! お兄様だってお好きでしょう」

「んー」

男はジャウハラをさらに抱き寄せた。

それとない意図に、ライラは漠然とたじろいた。

「……お兄様? 待ってよ。何をするつもり?」

「俺にちょうだい」

ねだる態度にライラは目を強く見開いて頭を振った。

「だ、だめよ。絶対だめ! 分け合うんだから」

「やだ」

「最初に見つけたのはわたしなのよ! そんな……盗らないで!」

「盗るだなんて。ライラが薦めるから、俺はこの子が気に入ってしまったよ。君もそうだろ?」

男に密着する格好になったジャウハラは、

体をねじって抜け出そうとしていたが、動きを止めて顔を赤らめた。

「ほら」

「勝手なこと言わないで! 返してよ……!」

「邪魔だって。ね? 二人っきりにさせてくれ」

男がライラの肩を軽く突くと、その部分から青金の光が生まれた。

水の中でさらに青ざめたライラはわめいた。

「やだ、わたしを仲間外れにするつもりね! お兄様のばか! ずるいわ!

こんな……こんなのってひどいわ! 思ってたのと違う……違うわ……!」

その場から動けなくなったライラなど意に解さず、

男はジャウハラを抱いてそこから遠ざかろうとした。

「さあ、行こうか。君にいいことを教えてあげる」

唇に当てた指をジャウハラの唇に優しく当てる。

指先の爪が瞳と同じ鮮やかなラピスブルーに光った。

「それに、他人の結界の内はどうも居心地が悪いんだ」

体を反対に向け、水の中の何もないところを指で弾く仕草をした。

すると、またしても青金の光を発して泡が弾けた。

男は、返事もできずにいるジャウハラを抱えてその場から姿を消した。

時を同じくして、ウルードの指にあるアクアマリンに亀裂が走った。

それは結界が破られたことを知らせ、同時に、弟子とを繋ぐ路が断たれたことを意味していた。

体だけでなく、頭も痺れている。

「俺と会えて幸運だよ、君は。そんなにぼんやりしていたら、だめじゃないか。

扉が開きっぱなしだし」

怒っているのか、叱っているのか、ただぼやいているのか。

そんな風な言い方だったから、ジャウハラは意味がよく飲み込めなかった。

「妹はね、水合わせをする気なんてさらさらないよ。その気にさせて、ごちそうさまってね」

精気を吸い尽くされて泡になる人間を見るのは飽きたよ、と呟く。

「帰り道がわかるかい? 結界を壊したから、それを見張っている奴が駆けつけるだろうけど」

見張っている奴?

……先生、ああ。どうしたら……いつの間にか帰るべき場所に続く路が途切れていた。

アクアマリンの灯火が消えている。

指先でチョーカーに触れるが、指の感触からして石には亀裂が入っていた。

動揺するジャウハラを見て、仕方がないなあ、とのんびり答える。

するとごく自然に、男はジャウハラの額に唇をあてた。

それは刻印がある部分だった。

男はわずかに体を震わせる。

その後で、恍惚としてゆっくりと自分の唇を舐めた。

「美味……」

あまりの表情にジャウハラは動揺を忘れて見惚れてしまった。

妖しく香り立つほどの表情だった。

ライラの欲望は溢れんばかりだが、男のものは滲み出るものだ。

まろやかで、いいようのない余韻が残る。

「うーん、それにしても、一体誰かこんな開け方を? こじ開けられた跡がある。

いやだっただろう」

などと言いながらとても嬉しそうにしている。

「僕ならそんな風にしないよ。開けてってお願いされるくらい、うんと優しくするのに」

と言って、もう一度、うーんとうめく。

「ライラがこだわるのも頷ける。もしかしたら、今回は本気だったのかもね。

あいつはずっと水合わせをしてないし、殺す遊びも飽きたのかもしれない。

君だったらライラの大食の歯止めになったかもしれない……でももう、無理な相談だ。

すぐに帰すのは惜しいなあ。もう少しこのままでいようか。僕がちゃんと閉じてあげるから」

いや? と聞く優しい声色。

「いい感じに整っているようだし、君も水合わせがしたいんだろう?」

気遣いながら触れる男をジャウハラは拒むことができなかった。

「水合わせって、こうするんだよ」

耳元でささやき、ジャウハラの顎を引き寄せる。その唇を吸った。

「体の中の水分を、こう」

優しく唇を押し広げたかと思うと、口の中の柔らかなところを甘く蹂躙する。

そうしながら、首の後ろで結んだ紐をくるくると指先で玩ぶ。

心地よさに再び体が震える。

首筋から始めて、体中のくすぐったいところを舌と手が撫で、時折歯を立てる。

舐めて、様々に舐めて、噛んで、甘く噛んで。

あらがいようもなく蕾が開いてしまう。

身を震わせながら花開く感覚だ。

「混ぜるんだ。あとは、ほら。こっちをさ」

敏感なところに及ぶと、果実を遊ぶようにされる。

「十分ほぐれたみたいだ。余計な力が抜けてきたね」

ジャウハラは男に満たされ、感じたことのない心地に気持ちよくなった。

男も同じで、たまらず熱い息を吐き出した。

「はあ……これで、契約完了。君とのリボンが結ばれた。

僕はサマル。ここに僕を残しておくから」

と額に口づける。

ぽぅぽぅ、と額の近くで幾つもの光が生まれたため、次第に視界は明るく埋め尽くされた。

「月が死んで、再び生まれ満つる夜にまた会おう。これからいいことをいっぱいしようね」

最後に秘密めかして言った。

泉の淵で意識を失ったジャウハラが見つかるのはもう少し先になる。

額にある色香の石の刻印には、見たこともない華やかな印が重ねられた。

飛び抜けた相手と水合わせの儀を行った事実にウルードは驚き呆れる。

ライラでないことは明白で、王の使者として素質判定をしたイルファーンの奴は見誤ったのだ。

これでまたひとつ、恨みを買うことになる。

やれやれと思う一方で予期されたことでもあった。

あの二人が『宝石』と名付けた娘は、開花とともに酔いを覚えるほどの匂いを漂わせた。

先刻もたらされたものより大きな熱が生まれ、ウルードは自制するのに苦労する羽目になる。

 2-2